001~020

1/1
43人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

001~020

001【ナナホシテントウ】 コウチュウ目 テントウムシ科 「君にとって俺ってどんな虫?」  昆虫マニアの彼の質問は、私には少し難しい。私の知っている虫の種類なんて、ほんの僅かなものだから。 「可愛いイメージだから、テントウムシ。星が七つのやつ」  私の答えに、彼はにやりと笑った。 「ナナホシテントウって肉食だって、知ってた?」 ◆◆◆ 002【ナミアゲハ】 チョウ目 アゲハチョウ科 「あなたにとって私はどんな虫?」  俺は即答する。 「ナミアゲハ」 「どうして?」 「俺が一番好きな虫だから」 「……照れるんですけど」と、彼女は頬を染めた。  俺は思い出す。セーラー服とネクタイ――。白と黒だけの色彩にも関わらず、彼女は世界の何よりも輝いて見えたのだ。 ◆◆◆ 003【カブトムシ】 コウチュウ目 コガネムシ科 「カブトムシ飼ってるんだ。もう何代も」 「何代も?」 「一年ごとに世代交代するんだよ」  彼女は目を見開く。 「ひと夏の命ってこと?」 「そうだね」 「……きっと、人と比べてすごく凝縮された時間だよね」  目から鱗が落ちた。長年飼っていたのに、俺はそんなこと思いもしなかったから。 ◆◆◆ 004【オオゴマダラ】 チョウ目 タテハチョウ科 「この金色の蛹はオオゴマダラ。日本じゃ、かなり南に行かないと会えないんだよ」  初デートに昆虫園を選ぶなんて、彼らしすぎて笑ってしまう。 「そうなの? じゃ、来て良かったね」 「うん。感激だよ」  虫たちを前にご満悦の彼。そんな彼の横顔を見上げ、ご満悦の私。 ◆◆◆ 005【セイヨウミツバチ】 ハチ目 ミツバチ科  彼女は、蜂蜜がたっぷり染みたホットケーキを頬張っている。あまりに幸せそうなのでからかってやろうと、その顔を覗き込んだ。 「養蜂に使うミツバチは二種類いるんだ。それはどっちが集めてきた蜜だろうね?」 「美味しければどっちでもいいよ」  今日のところは俺の負けだった。 ◆◆◆ 006【隠すべきもの】  彼女が初めて俺んちに来た。怪しい飼育ケースやマニアックな昆虫図鑑は押し入れに待避させ、準備は万端。 「散らかってるけど、入って」 「ううん、片付い――」  部屋を見回した彼女はなぜか真っ赤になって俯く。その視線を追い、隠し忘れた大人向け写真集を見つけた俺は、短く叫んだ。 ◆◆◆ 007【ワタムシ】 カメムシ目 アブラムシ科 「雪虫が飛んでる!」 「雪虫は、実はアブラムシの仲間なんだ」 「アブラムシとか聞くと、テンション下がる」  彼女は上目遣いで俺を睨んだ。失言に気付いた俺は慌ててフォローする。 「雪虫ってことは、もうすぐ初雪かな。一緒に見たいね」 「うん!」  どうやらご機嫌は直ったようだ。 ◆◆◆ 008【ジョロウグモ】 クモ目 ジョロウグモ科  彼が物憂げにため息をつく。 「付き合い始めた頃を思い出した」 「失恋した私を慰めてくれたよね?」 「……捕えてやるって下心で、罠を張ってた。まるでジョロウグモだね」  自嘲する彼に、私は告げる。 「そんなのわかってたよ」  彼が顔を上げた。 「それでも私はあなたがいいと思ったの」 ◆◆◆ 009【チャバネゴ(略)】 ゴ(略)目 チャバネゴ(略)科 「うわっ!」  不意に奴が姿を現し、俺は後ずさる。 「どうしたの?」 「俺にも苦手な虫ってのはあるわけで」 「意外。何がダメなの?」 「実は、ゴ」 「やだ、ゴキブリ!」  彼女は言うが早いか、持っていた雑誌を丸め、一撃で奴を仕留めた。片付け終えて微笑む。 「……で、何が苦手なの?」 ◆◆◆ 010【ナミテントウ】 コウチュウ目 テントウムシ科 「虫オタクって、キモいよな」  冷えた言葉が私を、そして彼本人の心をもえぐる。 「ナミテントウは、紋無し、二紋、四紋、十九紋――模様が違ってもみんなナミテントウなんだ。俺も、皆が部活頑張るように、好きなことしたいだけなのに」 「私は、好きなことしてるあなたが好きだよ」 ◆◆◆ 011【居心地のいい繭】  当時、恋が壊れたばかりの私に彼は熱っぽく語った。 「君は多分、まだ蛹なんだよ。今は繭の中で変わる準備をしてるんだ。時がたてば、今の気持ちも羽化の糧になるよ」  意味不明だった言葉は、彼と付き合い始めて分かるようになった。蛹の日々は楽しすぎて、羽化は先送りされている。 ◆◆◆ 012【トノサマバッタ】  バッタ目 バッタ科 「トノサマバッタはさ、群生相と孤独相ってのがあって」  彼は指で大きさを示しながら言う。 「群れになると体が小さく、翅が長くなるんだ。集団で移動しやすいように」 「みんなで渡れば怖くないって感じ?」 「そうかもね。でも、俺は孤独相でいたいかなあ」 「それ、あなたらしいよね」 ◆◆◆ 013【エラートドクチョウ】  チョウ目 タテハチョウ科 「君の服って、ナチュラルで毒がなさそう」  何それ、と彼女は首を傾げた。 「例えばドクチョウみたいに毒がある虫は、派手でおいしくなさそうなんだ」 「じゃあ私はおいしそうに見えるのかな」  無邪気にそんなことを言う。俺としては旨くてもまずくても毒があっても全然構わないのだが。 ◆◆◆ 014【日課】 「珍しい。今日はチョコ食べないの?」 「期末まで好きなもの断って頑張るんだ」  偉いね、と彼は褒めてくれた後、肩を竦めた。 「俺にはそんなストイックな生活、無理」 「やっぱり、虫の観察はやめられないの?」 「虫の世話は日課だしね。……俺がやめられないのは、君に会うことかな」 ◆◆◆ 015【オオミノガ】  チョウ目 ミノガ科 「うちは昨日、コタツ出したよ」 「俺は寝袋出してきた」  彼女はきょとんとして「家の中で寝袋?」と言う。説明は待って、と止められた。 「虫好きの考えること、当ててみせるから」 「当たらないだろ」  余裕の俺に、彼女はしばしの思考の後、高らかに言った。 「ミノムシ!」 「……正解」 ◆◆◆ 016【キイロカワカゲロウ】  カゲロウ目 カワカゲロウ科 「喉、渇かない?」  夜道で立ち止まった彼女は、自販機の前で財布を探っている。  俺は品揃えを見る振りをして、その照明に集まる虫たちを愛でる。しかし、ボタンへと伸ばした彼女の指の先では、カゲロウが潰される時を待っていた! 「駄目だ!」 「え? 何? コーラ嫌いだった?」 ◆◆◆ 017【見つめ続ければ】 「何でそんなに虫が好きなの?」  彼は考え込んだ後、言った。 「他の人が気にしないことが、俺には気になるってだけ。一旦、いろんなものが棲んでることに気付くと、見逃すのがもったいなくて」 「あ、分かる。で、ずっと見てるうちに、いつの間にか好きになってるってこと、あるよね」 ◆◆◆ 018【約26.67寸】 「一寸の虫にも五分の魂って言うよね。じゃあ、人間の魂ってどれくらい?」  私の言葉に、彼はすらすらと答えた。 「一寸は3cm、五分が1.5cmだから、魂は体長の半分か。君は160cmだから、魂は80cm。意外と大きいね」 「凹んでたんだけど、何かちょっと元気出ちゃった」 ◆◆◆ 019【ニホンミツバチ】  ハチ目 ミツバチ科 「一頭のスズメバチに、何十頭ものミツバチが群がって倒すんだ」 「ミツバチすごいじゃん」 「でも俺は、強いスズメバチに憧れるんだ」 「私は、あなたはミツバチでいてほしいな」  彼は、意表を突かれたのか目を丸くしている。  強くなくても勇ましくなくてもいい。ただ、甘くさえあれば。 ◆◆◆ 020【スズムシ】  バッタ目 コオロギ科 「ちょっと貸して」  彼女はイヤフォンを片方奪い取り、自分の耳にあてがう。「流行ってるやつかあ」と、いかにも残念そうに俺に返してきた。 「何でがっかりしてるの?」 「スズムシでも聞いてるのかと思って」 「……いくら俺でもそこまではしないよ」  まあ、セミの声なら入れているが。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!