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001~020
001【ナナホシテントウ】 コウチュウ目 テントウムシ科
「君にとって俺ってどんな虫?」
昆虫マニアの彼の質問は、私には少し難しい。私の知っている虫の種類なんて、ほんの僅かなものだから。
「可愛いイメージだから、テントウムシ。星が七つのやつ」
私の答えに、彼はにやりと笑った。
「ナナホシテントウって肉食だって、知ってた?」
◆◆◆
002【ナミアゲハ】 チョウ目 アゲハチョウ科
「あなたにとって私はどんな虫?」
俺は即答する。
「ナミアゲハ」
「どうして?」
「俺が一番好きな虫だから」
「……照れるんですけど」と、彼女は頬を染めた。
俺は思い出す。セーラー服とネクタイ――。白と黒だけの色彩にも関わらず、彼女は世界の何よりも輝いて見えたのだ。
◆◆◆
003【カブトムシ】 コウチュウ目 コガネムシ科
「カブトムシ飼ってるんだ。もう何代も」
「何代も?」
「一年ごとに世代交代するんだよ」
彼女は目を見開く。
「ひと夏の命ってこと?」
「そうだね」
「……きっと、人と比べてすごく凝縮された時間だよね」
目から鱗が落ちた。長年飼っていたのに、俺はそんなこと思いもしなかったから。
◆◆◆
004【オオゴマダラ】 チョウ目 タテハチョウ科
「この金色の蛹はオオゴマダラ。日本じゃ、かなり南に行かないと会えないんだよ」
初デートに昆虫園を選ぶなんて、彼らしすぎて笑ってしまう。
「そうなの? じゃ、来て良かったね」
「うん。感激だよ」
虫たちを前にご満悦の彼。そんな彼の横顔を見上げ、ご満悦の私。
◆◆◆
005【セイヨウミツバチ】 ハチ目 ミツバチ科
彼女は、蜂蜜がたっぷり染みたホットケーキを頬張っている。あまりに幸せそうなのでからかってやろうと、その顔を覗き込んだ。
「養蜂に使うミツバチは二種類いるんだ。それはどっちが集めてきた蜜だろうね?」
「美味しければどっちでもいいよ」
今日のところは俺の負けだった。
◆◆◆
006【隠すべきもの】
彼女が初めて俺んちに来た。怪しい飼育ケースやマニアックな昆虫図鑑は押し入れに待避させ、準備は万端。
「散らかってるけど、入って」
「ううん、片付い――」
部屋を見回した彼女はなぜか真っ赤になって俯く。その視線を追い、隠し忘れた大人向け写真集を見つけた俺は、短く叫んだ。
◆◆◆
007【ワタムシ】 カメムシ目 アブラムシ科
「雪虫が飛んでる!」
「雪虫は、実はアブラムシの仲間なんだ」
「アブラムシとか聞くと、テンション下がる」
彼女は上目遣いで俺を睨んだ。失言に気付いた俺は慌ててフォローする。
「雪虫ってことは、もうすぐ初雪かな。一緒に見たいね」
「うん!」
どうやらご機嫌は直ったようだ。
◆◆◆
008【ジョロウグモ】 クモ目 ジョロウグモ科
彼が物憂げにため息をつく。
「付き合い始めた頃を思い出した」
「失恋した私を慰めてくれたよね?」
「……捕えてやるって下心で、罠を張ってた。まるでジョロウグモだね」
自嘲する彼に、私は告げる。
「そんなのわかってたよ」
彼が顔を上げた。
「それでも私はあなたがいいと思ったの」
◆◆◆
009【チャバネゴ(略)】 ゴ(略)目 チャバネゴ(略)科
「うわっ!」
不意に奴が姿を現し、俺は後ずさる。
「どうしたの?」
「俺にも苦手な虫ってのはあるわけで」
「意外。何がダメなの?」
「実は、ゴ」
「やだ、ゴキブリ!」
彼女は言うが早いか、持っていた雑誌を丸め、一撃で奴を仕留めた。片付け終えて微笑む。
「……で、何が苦手なの?」
◆◆◆
010【ナミテントウ】 コウチュウ目 テントウムシ科
「虫オタクって、キモいよな」
冷えた言葉が私を、そして彼本人の心をもえぐる。
「ナミテントウは、紋無し、二紋、四紋、十九紋――模様が違ってもみんなナミテントウなんだ。俺も、皆が部活頑張るように、好きなことしたいだけなのに」
「私は、好きなことしてるあなたが好きだよ」
◆◆◆
011【居心地のいい繭】
当時、恋が壊れたばかりの私に彼は熱っぽく語った。
「君は多分、まだ蛹なんだよ。今は繭の中で変わる準備をしてるんだ。時がたてば、今の気持ちも羽化の糧になるよ」
意味不明だった言葉は、彼と付き合い始めて分かるようになった。蛹の日々は楽しすぎて、羽化は先送りされている。
◆◆◆
012【トノサマバッタ】 バッタ目 バッタ科
「トノサマバッタはさ、群生相と孤独相ってのがあって」
彼は指で大きさを示しながら言う。
「群れになると体が小さく、翅が長くなるんだ。集団で移動しやすいように」
「みんなで渡れば怖くないって感じ?」
「そうかもね。でも、俺は孤独相でいたいかなあ」
「それ、あなたらしいよね」
◆◆◆
013【エラートドクチョウ】 チョウ目 タテハチョウ科
「君の服って、ナチュラルで毒がなさそう」
何それ、と彼女は首を傾げた。
「例えばドクチョウみたいに毒がある虫は、派手でおいしくなさそうなんだ」
「じゃあ私はおいしそうに見えるのかな」
無邪気にそんなことを言う。俺としては旨くてもまずくても毒があっても全然構わないのだが。
◆◆◆
014【日課】
「珍しい。今日はチョコ食べないの?」
「期末まで好きなもの断って頑張るんだ」
偉いね、と彼は褒めてくれた後、肩を竦めた。
「俺にはそんなストイックな生活、無理」
「やっぱり、虫の観察はやめられないの?」
「虫の世話は日課だしね。……俺がやめられないのは、君に会うことかな」
◆◆◆
015【オオミノガ】 チョウ目 ミノガ科
「うちは昨日、コタツ出したよ」
「俺は寝袋出してきた」
彼女はきょとんとして「家の中で寝袋?」と言う。説明は待って、と止められた。
「虫好きの考えること、当ててみせるから」
「当たらないだろ」
余裕の俺に、彼女はしばしの思考の後、高らかに言った。
「ミノムシ!」
「……正解」
◆◆◆
016【キイロカワカゲロウ】 カゲロウ目 カワカゲロウ科
「喉、渇かない?」
夜道で立ち止まった彼女は、自販機の前で財布を探っている。
俺は品揃えを見る振りをして、その照明に集まる虫たちを愛でる。しかし、ボタンへと伸ばした彼女の指の先では、カゲロウが潰される時を待っていた!
「駄目だ!」
「え? 何? コーラ嫌いだった?」
◆◆◆
017【見つめ続ければ】
「何でそんなに虫が好きなの?」
彼は考え込んだ後、言った。
「他の人が気にしないことが、俺には気になるってだけ。一旦、いろんなものが棲んでることに気付くと、見逃すのがもったいなくて」
「あ、分かる。で、ずっと見てるうちに、いつの間にか好きになってるってこと、あるよね」
◆◆◆
018【約26.67寸】
「一寸の虫にも五分の魂って言うよね。じゃあ、人間の魂ってどれくらい?」
私の言葉に、彼はすらすらと答えた。
「一寸は3cm、五分が1.5cmだから、魂は体長の半分か。君は160cmだから、魂は80cm。意外と大きいね」
「凹んでたんだけど、何かちょっと元気出ちゃった」
◆◆◆
019【ニホンミツバチ】 ハチ目 ミツバチ科
「一頭のスズメバチに、何十頭ものミツバチが群がって倒すんだ」
「ミツバチすごいじゃん」
「でも俺は、強いスズメバチに憧れるんだ」
「私は、あなたはミツバチでいてほしいな」
彼は、意表を突かれたのか目を丸くしている。
強くなくても勇ましくなくてもいい。ただ、甘くさえあれば。
◆◆◆
020【スズムシ】 バッタ目 コオロギ科
「ちょっと貸して」
彼女はイヤフォンを片方奪い取り、自分の耳にあてがう。「流行ってるやつかあ」と、いかにも残念そうに俺に返してきた。
「何でがっかりしてるの?」
「スズムシでも聞いてるのかと思って」
「……いくら俺でもそこまではしないよ」
まあ、セミの声なら入れているが。
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