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普段より饒舌気味に話しかける怜太郎を不審げに見て、夕方のキッチンの隅で昇と会話をしていたのを思い出した。
「ああ。……あいつ、オーナー落としたんだ?」
繋がった思考の糸口は七面倒臭さいもので、自然と露骨に嫌な顔をしてしまう。
「昇くんが話してくれた。そうなったんだって。凄いよね、沙羅君のあの積極性はむしろ感心する」
「……へこんでるからそんな喋んだろ」
指摘に驚いた様子もなく怜太郎は笑った。
「いやいや、本当に嫉妬も未練もないよ。それじゃなくて、今日の……いま思うと不謹慎にもワクワクしたなあと、ね」
面白かった映画を噛み締めるように、イチに問いかける。
「でしょ?」
「……まぁな」
あんなに全速力で走ったのも何年かぶりだ。
ふいに、イチが苦い顔をしてスマホの画面に釘付けになった。
「どうしたの」
「葛西から今送られてきた……これ」
モスコミュールを差し出しカウンター越しに画面を覗き込む。
巨大なSNSにあげられた一枚の写真。
たまたま遭遇した通行人が遠目に慌てて撮った写真らしい、若い女の子が痴漢男を撃退しているという投稿だ。
長いポニーテールを揺らし、今にもパンツが見えんばかりにスカートを翻して沙羅が男を蹴り飛ばす瞬間だった。
勝手に繰り広げられてく、英雄扱いの反響とコメント……。
跳ねるように増幅する数字に、二人は固唾を飲む。
まだ見ぬ、浮き足立つ夏を目前にして。
「ユア マイ ヒーロー【番外編】」END
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