第一章

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「(・・これはマズイな。)」 突如降りかかった災難に、私は心の中で独り呟く。 手を後ろ手に縛られ、部屋の片隅に押し込められた私の前には拳銃を持った一人の男。 それが今現在置かれている状況だ。 探偵業という、決してクリーンではない職種に就いて早10年。 この手の危機に晒された事は一度や二度ではなかった。 逆恨みで事務所に銃弾を撃ち込まれた事もあるし、刃物を持った複数の暴漢に襲われた事もある。 そんな危険を回避し続けてこれたのは単に、溢れんばかりの知性と。 窮地に陥っても怯まず、立ち向かう勇気と。 凡人では近寄り難い程の・・そう神気とも言うべき我が気品に依る所が大きいだろう。 だが今回ばかりは勝手が違う。 今、私の直面している最も大きな問題を解決してくれるのは、愛や正義や知性や勇気や気品などというお題目では断じてない。 いきなり押し掛けてきた男に縛り上げられた事などどうでもいい。 相手の要求などもうどうでもいい。 相手が拳銃を持っている事など、どうでも良くはないけどこの際どうでもいい。 身悶えするほどの焦燥の中で只ひたすらに渇望せしものは、静謐なる空間に鎮座せし純白の玉座。 そう私は・・ 私は・・ 私はそれはもう狂おしい程に・・ おトイレットに行きたいのだ。
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