第1章 猫の缶詰め

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赤黒いシミを僕たちは無言で、時折癇癪のような咳をしながら疲れ切った背中を向き合わせて擦り続けている。ムッと雨に濡れた獣の匂いがたち、雨上がりのプールサイド、或いは大型の獣を連想させるそれを僕たちは一日中、鼻腔の奥に蓄えなければならないことを実に長い間悩まされていたのに、最近では僕も彼女もそれについて全く悩むことを忘れてしまっている。タイルは光沢のある陶器質なので、工場中の明かりは鬱陶しいくらいに反射して眩しく、僕たちはその健全な希望がちな眩しさの中に怠惰的な憂鬱を浮かべてやはりシミのように佇んでいる。 何処かで誰かの鼻を啜る音、それが咽び嘔吐く声に変わりつつあるのを僕たちはお互いそれによって新人が来たことを察し、言葉を交わさないまま親密ないたずらじみた微笑みを口元に浮かべ視線を送り合う。この工場に来た新人ははじめはみんなそうだ。僕もそうだった。野良猫の増加に伴い猫の処理と食料危機の改善を目的にし猫が食料として認められてから日が浅いのだ。 それに現地点ではまだ世間でも馴染み深くないのだが、これが次期にありふれたファーストフードのように全国に広まりつつある予感を僕もまた静かに感じているのだ。
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