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一章
ユイラ皇帝国の辺境の砦。
ボイクド城の昼下がり。
ワレスがこの城に来て、ひとつきあまりだ。
宿舎の自室で、ワレスが着がえていると、いきなり扉がひらいた。
まあ、しかたない。ここは傭兵たちの十人部屋だ。とつぜん、同室者が入ってきたからと言って、とがめることはできない。
身投げの井戸事件を解決した手柄で、分隊長に昇格はしたが、やはり、大部屋のままだ。
入ってきたのは、ハシェドだ。ワレスを見て、一瞬、息をのむ。
「早くしめろ。外から見える」
ワレスが叱責すると、あわててドアをしめた。
「隊長! 正装でありますか?」
「まあな」
祭用の古い民族衣装に近い、すその長いローブ。貴族や金持ちが好んで着る服だ。その上からまとうのは、分隊長の青いマント。魔物の徘徊する殺伐とした砦では、ここまで着飾る者は、なかなかいない。
「今日は入隊者があるだろう。広間へ行かなければ」と、ワレスは飾り帯に剣をさしながら答える。
「そうか。ホライの代わりですね。あいつも運がなかったな」
ホライは四日前に死んだ同じ隊の男だ。しかし、ここでは人死にはよくあること。いちいち感傷的になってはいられない。ワレスが来てからでも、すでに五人……いや、六人が死んだ。ほんの二十人たらずの同じ分隊のなかで。
ましてや、ハシェドはワレスより二年も長く砦にいる。いいかげん、なれっこだろう。
ワレスが着がえ終え、出ていこうとすると、
「おれも同行していいですか?」
にこにこ笑いながら、ハシェドがついてくる。
「かまわんが。なぜだ?」
「もちろん、目の保養だからであります」
元気のいい答え。
「そうなのか?」
「眠っておられるところを見ると、少し、ドキドキしますよ」
そんなことを男の口から聞かされたのは、何年ぶりだろう。それほど、男ばかりの砦暮らしは、わびしいということか。
あたりには人家もなく、森のただなかにそびえる前線の砦。
二万人いる兵士や下働きのほとんどは男だ。女は二、三十人もいるだろうか? 兵士は女の姿を見ることもなく、したがって、少し若くてキレイだとこの扱いだ。
若いとは言っても、ワレスは二十七。ただし、ジゴロあがりの端整な容姿は、美形の多いユイラ人のなかでも、ちょっと他にない。
まぶしい金髪。
あざやかな青い瞳。
雪でできた人形のように、冷たい印象の美貌だ。
「おまえがそんな目で、おれを見てたとは。知らなかった。いやにつきまとうのは、そのせいか」
「つきまとうはヒドイです」
ワレスが砦に来たばかりのころから、ハシェドは何くれとなく親切にしてくれる。
なぜかはわからない。たぶん、もともとの性格だろう。ワレスにかぎらず、誰に対してもそうだから。荒くれ者ばかりの傭兵のなかでは、貴重な存在だ。
「おれだって、初めて隊長を見たときは思いましたよ。なんて目つきの悪いやつだって。でも、今では口の悪いこともわかりました」
カラカラと笑う。
笑われて腹も立たないのは人徳か。同じことをワレスが言えば、とんでもない皮肉に聞こえるだろうに。
「ついてくるなら、マントをとってこい」
ハシェドは小分隊長の黄色いマントをつかんでくる。
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