その1。春の雨

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「で、誰?」と私が聞くと、 「…後藤先生です。」という声に私の呼吸が止まった気がした。 後藤 剛(ごとう つよし)。 私の付き合って3年経つ恋人だ。 …そう。なるほど…。 私はしおりちゃんに気づかれぬように 「ああ。後藤先生ねえ。30にもなって困ったやつだ。 …いい加減落ち着いてもいい歳なのにねえ。」 と優しい声で言って、しおりちゃんの頭を撫で、 あの、単純な脳みそを持った大きな男の笑った顔を思い出す。 これで浮気は2回目だ。 いや、新人ナースを入れれば一気に3回になる。 1回目は研修医のオンナだった。 なぜ、また院内で、私の後輩にまで、手を出しているのか? いや、私の知らないところでいくらでもしているのだろう。 と結論に至る。 今度こそ、きっちり別れなければ… 「浮気は決してしない。」と誓ったはずなのに… やっぱりダメだったか…と大きなため息をついた。 しおりちゃんは何も気づかず、パクパクとピザを食べながら、泣いている。 やけ食いタイプだね。 私はもう、食べるものはほとんど喉を通らない。 「いっぱい食べな。」と私はにっこり笑って、運ばれてきた前菜もオススメし、サラダや牛肉の煮込みも追加で注文してあげた。 「はい!」と泣きながら食べる彼女は健康的で羨ましい。 私は感情を抑えて、ドラゴンにジントニックを注文すると 「あんまり飲むなよ。さくらに怒られるぞ。」と顔をしかめてドラゴンがカウンターに戻っていく。 付き合いの長いドラゴンは 私がジントニックを頼む時は酔っ払いたい時と知っているのだ。 飲まずにいられるか? 私は自分の後輩と恋敵になるつもりなんてない。 絶対別れなければならないと心に誓って、しおりちゃんに微笑んだ。
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