それは魅惑のハーモニー

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「でさぁ、そのパートのおばさんがさぁ……」 「ふぅん、そうなんだ……」 先ほどから僕は、彼女の奏でる美しいハーモニーに酔いしれていた。 午後11時半。こジャレた居酒屋で、仕事終わりの彼女と遅めの夕食をとる。 残業続きの血色の悪い顔で、不平不満を大いに語りながら、齧歯目(げっしもく)のように前歯の飛び出た口元からは、咀嚼する度にピチャピチャと湿った音がする。 僕は彼女の正面に座り、その音色を存分に味わっていた。 世間では咀嚼時に音を立てる人を“クチャラー”と呼ぶらしいが、彼女の場合クチャクチャではない、ピチャピチャだ。 鼓膜を震わせる独特なそれは、脳髄から脊髄、さらに末端へと広がって、遂には僕を官能の世界へと導いていく。 舌と上顎を巧みに使い、時折ちゅぱ……っと鳴るその悩ましい不協和音ですらも、彼女のあらぬ姿を妄想させ、萎れかけた僕の欲望をムクムクと膨張させるのだ。
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