月白

9/9
15人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ
彼の患っているものが命に関わるものだということはわかった。だが、分からないことがあった。 不健康そうに青白く管が刺さった首。厚みを微かに失い以前よりも骨ばったごつごつとした両手。浅黒く目の下にこしらえられた隈。白髪の増えた藍墨茶の髪。 その全てが、死の淵にへと歩かされる人間そのものであった。そうであるのに。 彼のあの、生命力を感じさせる黄櫨染の双眸。自信に満ち溢れた言葉。昔から変わらない不敵で不遜な笑み。 そのどれもが、絶望に相応しくなかった。 彼が少しでも元気であれば、もちろんうれしい。 だが彼のそれはどう見ても”異様”と言う他なかった。言うなれば、器と中身のズレ。心身相関が為されていない状態。 彼の言葉を聞いたとき、感じた僅かな寒気。一瞬だけ、感じたそれは、志呉が失われる恐怖心だったのか、それとも意味を汲み取ることのできない彼の言葉へだったのか。 分からないことは多い。だが、これだけは言える。 「あまりにも、早すぎる…………。」 橙に染まりゆく空を眺めていた瞳を隠し、あの病室にそっと紛れ込ませた月白の一輪の花を瞼の裏に映し出した。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!