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 ゆっくりと立ち上がり、彼女の両肩に触れた。涙に濡れた顔を上げ、彼の瞳を見つめる彼女。そこにいつもの強気な女性はいなかった。目の前の彼女は、まるで幼い少女のように酷く儚いもののように感じられた。  彼女の頬を濡らす涙を指先で拭い、頬に触れた。  月明かりにほんのりと照らされたリビングで、お互いに何も言葉を発することなく、二人はただ見つめ合った。  大粒の涙を瞳に湛えた彼女が、ゆっくりと目を閉じる。  キスを、したいと思った。  彼女に触れたいと、本気でそう思った。  だが、それだけはできなかった。精神的に弱っている彼女を相手に、その場の感情に流されて関係を迫ることなど絶対に許されなかった。喩え彼が彼女を愛していたとしても。  やがて、彼女は再び目を開いた。  彼女の姿を瞳に映したまま身動き一つできずにいた彼を、見開いた潤んだ瞳で見上げ涙を零した。 「あんな糞みたいな親父でもわたしを女として見ていたのに、どうして夫であるはずのアナタは、わたしを求めてくれないの……?」  彼女の問いに彼は困惑した。言っている意味がわからなかった。
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