宇宙環境保全局 ダークマター排出削減課

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   Line A / Prologue 「今日も空振りだな」  私は、モニターにリアルタイムで映し出されているXMASS実験装置の測定データを確認して呟いた。それを聞いた当直の修士学生が私に問う。 「CERN(セルン)のHLCも五年以上成果無し。本当にWIMP(ウインプ)で正解なんですかね、時(とき)佐田(さだ)先生」  HLCとは「大型ハドロン衝突加速器」の略称だ。CERN、即ち欧州原子核研究機構は、このHLCを使ってビックバン直後の高エネルギー状態を擬似的に造り出し、WIMPを人工的に造り出そうと試みて、既に十年近くになろうとしている。 「ヒッグス粒子だって理論的な提唱から実際の発見まで五十年近くを費やしているんだ。何事も信念と忍耐だよ」と、プロジェクトの責任者として廻りの同僚や学生達を鼓舞するつもりだったのだが、つい溜息混じりに答えてしまった。  XMASS実験とは、暗黒物質、いわゆるダークマターの最有力物質である未知の素粒子WIMP(weakly interacting massive particles)を、ニュートリノ研究で有名な神岡宇宙素粒子研究施設のスーパーカミオカンデと並び施設された検出装置で行われている観測実験だ。  夜空に輝く星々。この肉眼で見る事のできる天体たちは、宇宙に存在する物質のほんの5%にすぎない。残り95%は、27%のダークマターと68%のダークエネルギーだと推測されている。その存在は「宇宙マイクロ波背景放射のゆらぎ」や「銀河の回転曲線問題」に「宇宙の加速膨張」など、様々な観測現象から確実視されてはいるものの、正体に関しては未だに不明だ。  この世を構成する存在の95%が正体不明。科学万能という言葉が巷に氾濫して久しいが、科学史上、これ程屈辱的な謎は無いだろう。  進歩するほど無知になる。物理学者とマゾヒストは同義だと、最近殊に実感する。 「明日は、東京ですか」と、先刻の修士学生が気を遣って話題を変えてくれた。 「そう、講演会。研究資金を少しでも稼がないとね。基礎物理の予算なんて常に削減対象だからな」  「人生万事、金次第ですもんね」  変えた話題で、ますます憂鬱になってしまった。
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