朧気な記憶

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朧気な記憶

 止めることはできなかった。去りゆく仲間の背中を見つめながら、彼女は寂しそうに笑った。  戦士として、旅をしながら、一緒に戦ってきた仲間。だけど、これでお別れだ。仲間は、彼女を置いて、街へと戻るのだから。  自分たちのランクには少しレベルの高い依頼なのは、彼女には分かっていた。だから、辞めた方がいいと言ったのだけど、リーダーである青年は聞く耳を持たなかった。 「こんなチャンス、二度とないかもしれないんだぞ」 「そうよ。私たちだって、実力がついてきた。今腕を試さなくて、いつ試すのよ」 「依頼主の知名度は高い。報奨金だって、いつもの依頼の倍以上だ。その分難しいのは分かってる。だからこそだろ。俺達には必要なステップなんだ」  この依頼を熟せば、戦士として箔が付く。功名心が高いリーダーは、その発言を無視したのだ。彼女の言葉の意味を知りながら。  彼女は、美しい紫の瞳を潤ませながら、仲間の姿をその目に焼き付ける。苦楽を共にした仲間なのに、どうして、こんな結末になったのだろう。  もっと反対していれば、結果は違ったのだろうか。  数分前に交わした会話。何とか、依頼を達成した代償は、彼女の怪我。立つことさえままならないほど深い足の傷。連れ帰っても、これから先、このチームにとって、益になることは少ないだろうと、判断された。 「なあ、教えてくれよ。お前を助ける道と、見捨てる道では何が『違う』んだ?」  リーダーはそう言った。彼女の『占い』はよく当たる。それを知っていたから。  本当は占いなどではなく、予言であったのだけど、それを言ったところで、誰も信じてはくれないことを彼女は知っていた。  その『占い』をする余裕などなかったのに、彼女はその言葉に反応してしまう。虚ろな瞳で、リーダーを見つめ、これからの運命を視たのだった。 「『アタシと共に行けば、実力は上がるけど、名声は得られない。  だけど、アタシを置いていけば、名声は得られるけど、実力は今のまま』  アタシに分かるのはそれだけよ」  本当はもっと深く分かっていたのだけど。運命の分岐点と、その先の未来を知る力はあったのだけど。所詮は『占い』なのだから、その程度で充分だろう。その先の未来は、雲泥の差だけれど。  リーダーはそれを聞いて、目先の利益を優先した。何となく、そうなる予感はしていたけれど、 「そうか。じゃあ、ごめん。今までありがとな」  現実を突きつけられると心は痛んだ。  彼女の占いはよく当たる。それを知っていた仲間たちは皆、リーダーについていった。  その背中を虚ろに見つめながら、彼女は涙を流す。こんな場所に一人で置いていかれることを考えれば、最終的にどうなるかなんて、目に見えている。  自分の未来を予言することはできないから。その瞬間が視えないことは幸いだった。死にたくはない。けれど、現実は残酷だ。  ここは猛獣たちの住む世界。人間を捕食する魔物たちの巣窟。何かに血の匂いを嗅ぎつけられれば、そこですべて終わる。それでも―― 「誰か、助けて……」  微かな力を振り絞って、助けを求める。だが、それは誰の耳にも届くことはなく、闇に消えた。
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