第1章

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 あまり気乗りのしない授業内容だが、当然DVDも上映するだろうから、その間は居眠りも出来る。直接授業は、一時限が100分の授業を二日間で八回受け、最後に簡単なテストやレポートを提出すれば一単位がもらえることになっている。この方式の授業は、卒業までに二十単が必修だった。  つまり合計四十日は、いわゆるスクーリングで直に授業を受けなければならないのである。だが高校を出て社会人となってすでに二十年ほど経っており、しかも通常は油圧機械メーカーのサービスマンとして現場を回る日々を送っているので、じっと机に座っているとすぐに尻のあたりがむずむずして、やがて睡魔に襲われる。だからショルダーバックの中には、コンビニで買った眠気覚ましのドリンクを午前、午後の分と二本忍ばせている。  前方の扉が開き、男の講師が現れた。ホワイトボードの前に立つと一礼して笑みを浮かべた顔を上げる。豊田より少し若い、三十代前半くらいだった。  講師は自己紹介を始めた。それによると名は菊川と言い、市内にある国立の工業大学で準教授をしており、普段は学生総合支援室でカウンセラーをしていているとの事だった。学生の悩みや問題を聴いたりして一緒に解決策を考えているという。専門は臨床心理学で、何冊か本も出しているという話だった。 「今回の授業ではサイコドラマ、つまり心理劇を通じて皆さんと共に、主役が抱える悩みを共有し、そこから解決の糸口を探るという手法を学んでいこうと……」  豊田としては、隣の教室で行われている自分の専科である人文コースの『近代文学における九州の偉人たち』という授業の方を受けたかった。しかし、うっかり締切日を勘違いし、それに気付いて慌てて申し込んだときはすでに定員一杯となっていた。それでやむなく空きがあったこちらの授業にしたのだ。 「では、授業の進め方を説明します。今日は心理臨床におけるコミュニケーション、解決志向アプローチなどを配布するプリントをもとに勉強します。そして明日は、体験学習としてグループを作り、まず心と体をほぐすウォーミングアップを行い、そのあとに心理劇を実際に演じてもらいます」 教室が少しざわついた。面を食らった豊田が周りを見回すと、それは以外にも困惑というよりは好奇心に満ちた顔がほとんどだった。 ―冗談じゃない。ドラマのDVDを観るんじゃなく、劇を演じるだと? 
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