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余命あと百日です。
そう告げられた時、俺の頭は真っ白になった。
勿論、文字通りではないのだがどうだろう、鏡を注視すれば片鱗を捕らえることができるかもしれない。
突然の余命宣告だから仕方ないと言えば大多数が頷くはずだ。
他人事なら、そりゃ残念だ、と思考を停止させその人を宥めるだけとなるだろう。
しかし、実際に自分事となるとそうも言ってられず――言う余裕もないくらいに落胆してしまう。
幼少時代の同級生との罵り合いでは死ねだのなんだのと浴びさせたり、浴びてはいたが、そんな即死宣言でこうも気が重くなったことはなかった。
だから昔から悪口を言われ続けて罵倒には慣れている輩も実は強がりだと、謎の結論を主張する。
こんな結論を主張するまでに狼狽した俺。これでも余命宣告を受けた先日よりは回復している。
先日は診察室から立ち退くことさえ出来なかったのだから。
椅子から立って、歩いて、診察室から去る。一ヶ月ですっかり習慣化した単純な行為だって、死の宣告のおかげで忘却してしまっていた。
危うく生後すぐに習得した呼吸も忘れるところだった。
あの時の息苦しさが呼吸の忘却ではないならの話だが。
と、先日を覚えている限り振り返ってみたら、診察後に看護婦二人に担がれて病室に戻ったことを思い出してしまった。
情けない。この上なく。
看護婦二人には後でお礼を言っておこう。
余命宣告を受けた翌日――つまり今日、そして今。俺は片手間で済む荷物を移動させた別病室でこうして昨日の出来事のあらすじを組み立て、脳機能の具合を確かめているのだが、まだまだ整理が追いついていない。
まだ頭が真っ白なのだろうか。いや、ならば語り口調で、小説の如くあらすじを建てることは敵わない。
立てることさえ危うい。
立って、歩いて、備え付けの洗面台で歯を磨くことが出来たのだから白一色には染まっていない。
むしろ、邪〈よこしま〉だ。
「それってわたしのパンツの柄のことじゃないでしょうね」
向かいのベッド。その上でタオルケットを羽織り、耳にイヤホンを嵌めながらテレビに面と向けている少女が野次る。
俺が昨日の件に加えて整理が追いつかない原因の大半を目の前の少女が占めていた。
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