第1章 はぐれ女子、野性の王国を行く

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「…矢嶋さん。お昼、一緒に行こ?」 少し遠慮がちに背後から声をかけてくる。隣の課の竹本さんだ。同じフロアに同期の女の子は二人きりだから、彼女はこうやってわたしに必ず声をかけてくれる。わたしは頑張って自分MAXの柔らかい表情を浮かべ、振り向いて僅かに頷いた。 「うん。…行く」 このくらいが限度。満面の笑顔を作ったり、弾んだ明るい声でぺらぺら喋ったりするとなんか変な空気になるのは既に承知してる。人には向き不向きってもんがあるのだ。不自然なくらい無理して相手に合わせる必要はない。却って周囲の注意を引いてしまう恐れがあるし。 周りの空気に溶け込んで、このオフィスの風景の一部になろうと思えば悪目立ちするのは避けなければならないと肝に銘じる。 ただ静かににっこり微笑んで、そのような誘いを受けるのは吝かじゃないって意思表示をすればいい。いつもそうだ。自分からは絶対に声をかけたりしないけど、相手から誘われれば基本的に断らない。 声がかからなければ一人で食事するのも全然平気だけど、フロア唯一の同期の彼女から見ればそういうわたしを目にするのも何処か寝覚めが悪いのかもしれない。そんな風に気を遣わなくてもいいのになぁ、とほんの少し気の毒な気持ちになる。 そこまで周囲の人の感情を慮ったり忖度してたら、わたしだったらそれだけで疲れ果ててとてもやってられないと思っちゃうけど。 女の子って大変だね、と内心で同情しつつ小さなバッグをデスクから取り上げて立ち上がり、竹本さんにお待たせ、と小さな声をかけて並んで歩き出す。特に行きたい店があると言われなければ普段通り社食だ。そこで他の同期の子に出くわせばなんとなく合流する。 カラフルさとは縁のない代わり映えのしないランチタイム。でも。 何かと話しかけてくれる彼女に対し、笑顔で当たり障りのない答えを返しつつ胸のでそっと呟く。 これが落ち着く。波風の立たない、特別なことは何も起こらない日々。淡々と仕事をこなし、目覚ましい活躍も見せないけど周囲をざわつかせるような大きなポカも起こさないわたし。地味でちょっとおとなしすぎると思われてるけど、声をかけられればいつも和らいだ笑顔を浮かべて言葉少なに頷く。褒め言葉を探すとすれば、 『感じは悪くない』 ってとこがせいぜい。 でも、自分で好き好んで勝ち取ったポジションだから、これが。
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