第1章 はぐれ女子、野性の王国を行く

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いかにも勤め人の女の子がちょっと頑張って背伸びをして買った、という感じのブランドの小振りなバッグをきゅ、と握りしめる。絶対に手放さない。わたしが『普通』であるためにはこの生活が必須だから。 目立たない片隅の平凡な、くすんだ自分。まるで自然界で擬態を取って周りの環境に溶け込んで息を潜めてる、毒を持った生き物みたいな…。 「今日、同期会だよね。真理絵ちゃん行く?」 「うー、どうかなぁ。仕事の進み具合によるかも。行けるつもりでいたけど、ちょっとぎりぎりやばい…」 定食のトレイを持ってうろうろしていたら案の定同期の他の女の子数人と鉢合わせた。そのまま固まって席に着く。端っこで何となく頷きつつ話を聞き流してると、片田さんという子と目線が合った。明るい性格の人懐こい子で、屈託なく話しかけてくる。 「あ、ねえ、矢嶋さんは?前の同期会の時来なかったよね。今日は都合どう?あたし、矢嶋さんと飲んだことあったかなぁ。あんまりゆっくり話す機会もないから、もしよかったら」 そう来たか。わたしは口の中の食べ物を飲み込む間を取る振りでしばし黙り込み、その隙に目まぐるしく頭を働かせた。素知らぬ振りでこの話題をやり過ごし、後日何で来なかったの?と誰かに尋ねられたら、ちゃんと聞いてなくて場所とか時間がわからなかったとか、急な残業が入って…と誤魔化すつもりで天から行く予定はなかった。別にわたしが参加しないからってその場はどうということもないだろうし。 それをこういう風に名指しでみんなの前で話を振られちゃうと、正直参る。行くか行かないか、この場で態度をはっきりさせないといけないのか。 「行けたら行きたい、とは思ってるけど。…仕事がちゃんと時間までに片付いたら、かな」 少し曖昧な含みを持たせて答えを濁すと、彼女の隣に座る芦谷さんというしっかりした大人っぽい子が向こうから身を乗り出すように口を挟んできた。 「同期とは言っても仕事終わったあとなかなか一緒に遊ぶこともないもんね。忙しいかもしれないけど、頑張って仕事片付けて来てくれたらいいな。あたしも矢嶋さんとちゃんと話してみたいし。お昼休みだけじゃ、あんまり深い話もできないもんね」 うう。 わたしは箸の先をぎ、と齧りつつ表面上にっこりと笑みを返す。うちの会社の同期の子、本当にいい子ばっか。会社って、女の子同士もっと揉めたり腹探り合ったりしてるのが普通なのかと思ってた。
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