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二人の会話を、ちひろは生きた心地がしないまま聞いていた。
ただただ、嫌な予感しかしない。
月城瑞樹は、筋金入りの完璧主義者だ。
その事は、誰よりもちひろがよくわかっている。
容姿、運動、勉強、人望、それらは持って生まれた才能や運もあるのだろうが、大半は彼の並々ならぬ努力の賜物であったりもする。
勉強の為、夜が明けるまで部屋の電気がついている事も、マラソン大会の3ヶ月前にはジョギングを開始している事も、人望の為に皆が嫌がる仕事を率先して引き受けている事も、役者のような完璧な笑顔も、ちひろは嫌でも傍で見てきた。
口癖のように、「一流大学に入って、一流企業に就職して、スピード昇進して、美人で気立てのいい完璧な妻を持つ。それが俺の完璧な人生設計だ」と言って息巻いている。
だから、彼の完璧なる人生設計に、睡眠障害、そしてちひろと言う存在は足手まといでしかない。
そんな彼が、リスクを犯して何をしでかそうとしているのか。
(お願いだから、櫻君に危害を加えませんように……!)
心の中でそう祈っているとは露知らず、瑞樹は飄々として言った。
「これから二人でどこか行くの?」
悠平が素直に答える。
「いや、ちひろちゃん怪我しちゃってさ。俺が家まで送ってくつもり」
「吉村さん、怪我してるの?」
すると、瑞樹は白々しく驚きながらちひろの前に屈むと、これまた白々しく傷の具合を伺ってきた。
「痛そうだね。大丈夫?」
綺麗な瞳で見上げられ、ちひろは逃げ出したくなるのを必死で堪えながら首を上下に振った。
と、その時、タイミングがいいのか悪いのか、エンジン音を轟かせながらバスが現れ、ちひろ達の近くでゆっくりと停車した。
「あっ、バスだ」
バスからぞろぞろと乗客が降りてくる。
降りる人と乗り込む人とで一気に辺りが騒がしくなる中、不意にちひろは瑞樹にグイッと腕を持たれて立たされた。
「俺、この人とご近所さんだからさ、俺が家まで送るよ」
「え」
突然の申し出に、悠平同様、ちひろも驚きで目が点になる。
先程から瑞樹に寄り添うように立っていた守口紗也も、驚いているようだった。
そんな彼女に、瑞樹は優しく言った。
「守口、ごめんね。今日はこの人送っていくよ。怪我人は放っとけないし。ごめんね、この埋め合わせは必ずするから」
守口紗也は優しく愛らしい笑顔を見せると、コクリと頷いて見せた。
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