/173ページ
「お世話になりました」
お礼を言って保健室を出る。
何とか平気な声を出せたと思っていたけれど、扉を閉めた途端、目の前がにじんだ。
だめだ、迎えに来てくれているお母さんが心配する。
私は涙をこぼすまいと顔を上げ、廊下を歩き出した。
何も考えずに、頭を空っぽにすればいいんだ。
そう自分に言い聞かせつつ昇降口へ曲がろうとしたとき、景色が急に変わったような気がした。壁があるはずなのにおかしいなと思い、何度かまばたきをする。
けれど間違いじゃなかった。
確かに目の前には、壁を切り取ったように鮮やかな、オレンジ色の風景があった。
それは、一枚の写真。
パネルからあふれそうなほどの、眩しい夕焼けの写真だった。
そこには小さい女の子の後ろ姿も映っている。
スキップをしているのかな、遊びながら歩いている女の子。全身が夕焼けの光に包まれていて、触れたら温かいんじゃないかと思うくらい、鮮やかな色だった。
私はもう、頭を空っぽにしておくことなんてできなかった。
温かな光がいっぺんに心の中に流れ込んできて、止めることができない。それほど胸に染みる色が、写真にはあった。
涙をこらえようとする努力も、やめてしまった。そんなことをするより、ただ、この色を感じていたいと思ったから。
少し泣いたあと、私は写真パネルの下に「中学生写真コンクール銀賞受賞」と書かれているのを見つけた。
この作品、私と同じ中学生が撮ったんだ。すごい、信じられない。
私は写真を撮った人物の名前を、心に刻みつけた。暖かな夕焼けの風景とともに。
その人の名前は、谷崎蒼(たにざきそう)、と言った。
最初のコメントを投稿しよう!