第1章『再会と石』

2/69
175人が本棚に入れています
本棚に追加
/214ページ
都心から電車を乗り継いで二時間と少し位の位置にある田舎街。 辺り一面を田畑と木々に囲まれ、我が家の数十メートル先には山の入口がある。 道とは呼べない、コンクリートで舗装もされていない少し広めの畦道を通り過ぎるのは耕運機と野菜を積んだ荷台車、猫と稀にウリ坊。 クーラーなんて付いている家の方が珍しく、ここ数年前から公立学校のトイレが水洗式になったばかりだ。 そんな田舎町にある市立図書館の、2階の解放自習室。冷房の聞いたその部屋は知る人ぞ知る夏限定の楽園であり、ここ最近の俺達の溜まり場でもある。 クーラーの冷たい風が直接当たらず、なおかつ照りつける太陽の光も届かない自習室最奥の廊下側の席は今日も俺と優子が朝から居座っていた。 「ああ、アイス食いてー……」 気だるげにテーブルの上に突っ伏すと、向かいに座っていた優子は呆れ気味に笑う。 「もう、たっ君今ので13回目だよ。さっきからそればっかり言ってるけど、宿題ちゃんと進んでるの?」 「へえへえ、ゆっこ様のおかげで早々に全部終わりましたよっと。ちなみにその大問の問二、答え間違ってるし」 顎をテーブルの上に乗せ、腕だけ伸ばして数式の書かれたノートを指で軽く叩く。 「え、うそ! 結構自信あったのに」 難しい顔をして眉間にシワを寄せた優子はさらりと落ちてきた髪を耳に掛けて、顔をノートに近づけた。 そんな様子を眺めながら、のっそりと体を起こし頬杖をついて窓の外に視線をうつした。 窓いっぱいに広がる真夏の空は、どこまでも青く澄んでいて絹の如く光る。換気のために少し開けた窓からは夏の豊満な風が吹き抜け、白いカーテンを膨らませる。遠くに見える裾野は強い光を浴びて青く燃えるようだった。 そばの庭木に止まっていた蝉が、ちりちりと啼音をあげると短い羽音を立てて飛び立った。 静かに目を閉じて、その鳴き声に耳を傾ける。
/214ページ

最初のコメントを投稿しよう!