依頼

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「こんにちは、お花はいかがですか?」  花屋の店員、逢沢は店の前に出て商店街を通るお客に声をかけていた。日が沈んですぐの時間帯で、通りには通勤帰りの男性やクラブを終えた学生たちの姿も見えた。 「ご自宅用にミニブーケはいかがですか」 「新色のカーネーションがはいってます」  お客にあわせて、さまざまに言葉を変えて語りかける。逢沢がこの店で働き始めてから三か月が過ぎていた。毎日声かけをするうちに顔見知りも増え、挨拶を返してもらったり、会話を交わすことも増えて来ていた。 「こんにちは」 「おお、こんちは」 「今日はお早いですね、応援ですか?」 「ああ、もう放送が始まっとる」 「大丈夫、今日は快勝ですよ」 「そおだとええがのう。じゃあまた」  家路を急ぐ男性を見送り、逢沢はちらりと時計を見た。そろそろかな、小さくつぶやくと店頭のディスプレイに向き直る。ブーケがきちんと並んでいるか、切り花に不足しているものはないか、改めてチェックした。『彼女』にお勧めしようと考えている花を前列に出す。  手直しを終え、通りに向き直った逢沢は目の端に待望の姿を捉えた。商店街をこちらに歩いて来る女性の姿、『彼女』だ。
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