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ある晴れた日の午後。
紀野 理一(きの りいち)が洗濯物を干そうとサッシを開けると、ベランダにイソギンチャクが寝ていた。
比喩でも例えでもなくイソギンチャクだった。海中の岩場とかに居るあの触手がいっぱいでフヨフヨしているアレだ。
「え?」
サッシを閉めて、目を擦って、もう一度サッシを開けてみるが、イソギンチャクは消えない。
「うそ……」
嘘じゃない。
素足だったが爪先でチョンと突いてみた。爪先にプルンとした感触が伝わり、確かにそこに居るのを感じる。
しかも、よく見るとイソギンチャクの触手の下に男が寝ている!
「ヒッ!?」
理一は悲鳴を上げて後ずさった。
「く、食われてるっ!?」
家賃6万8千円、築35年のマンションの5階ベランダでイソギンチャクに人間が食われている。
「け、け、警察っ」
洗濯物を放りだし、慌ててベッドサイドに置いてあるスマホを掴み、110番しようとして――手が止まった。
「え……?」
体が動かない。
指先は動くが腕が動かず、スマホの画面に指が届かない。
腕だけじゃなかった。
腕も、脚も、胴も、頭も動かせず、何かに引っ張られるような、縛られているような、訳の分からない状態で体が動かない。
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