39人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「そんなことないよ、俺だって変なこと言ったから」
「そんなこと……」
声を潜めているのも煩わしくなって、彼は咳払いした。
「俺はお前がずっと好きだから。遠くに居たって、いつも気持ちだけは傍に居るつもりだから」
思いのほか大きな声で、彼の周辺に居た人々を振り返らせた。
視線を感じてはいたものの、彼にはそれを気にする余裕がなかった。気にするつもりもなかった。
今は周囲の好奇の視線よりも、電話越しの大切な人のことのほうが気になって仕方なかった。
「ばか、声大きい!」
電話越しでもさすがに異変を感じたらしい。彼は意に介さない。
「俺のことはいいんだよ、とにかく、お前が大事なんだから。な?」
またしっかり言う。二言目となると、周囲の視線も大して強いものではなかった。
「わかった、ありがとう」
電話越しに、もう一度、鼻をすする音。
「もう、映画始まるから切るよ」
「うん、俺もそろそろ中入るし」
じゃあ、と言って電話を切る。
青年の周りにできていた好奇な視線は、人の波に飲み込まれ、電話を切る頃にはなくなっていた。
「さて、行かなきゃな」
館内アナウンスが流れる。一緒に見る映画も、館内入場が始まっている。
(あとで、いっぱい電話しよう)
最初のコメントを投稿しよう!