第35回 浪人

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第35回 浪人

『異聞浪人記』(滝口康彦) ▽あらすじ  浪人者が巷(ちまた)にあふれていた寛永年間(1624~45年)。ある秋の昼さがり、外桜田にある井伊掃部頭(かもんのかみ)直孝の屋敷の玄関先に、案内を乞う浪人者があらわれた。 「年の頃かれこれ五十五、六であろうか、一見したところ、いかにも尾羽打ち枯らした」様子ではあるが、「がっしりした骨組みの太さが垢じみた着物の上からも容易に想像され、いずれはひとかどの武士のなれの果てに違いなかった。」  浪人者は、もと芸州広島の太守、福島正則の家臣・津雲(つくも)半四郎(はんしろう)と名乗り、用向きを述べた。  主家没落の後、伝手(つて)を求めて再度の主取りを望んだが思うに任せない。暮らし向きは窮迫の度を加える一方で、このまま生き恥をさらすよりは、いさぎよく腹かっさばいて果てたいので玄関先を拝借したい―というのだ。  応対に出た若侍から委細を聞いた老職の斎藤勘解由(かげゆ)は、「またも来おったか、性こりもなく」と言って、底意地の悪い笑いを浮かべた。それには訳がある。     
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