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紅葉が少しずつ色付いてきた遊歩道。大きな池を囲うようにくねくねと伸びるそれの上を、茜は大股で歩いていた。茜が大きく踏み出す度、穿いている深緑のロングスカートがばさばさとはためく。そんな彼女の後ろを、華奢で背の高い青年がぽてぽてと付いて行っていた。
「茜ちゃん、どうしたの? 嫌な事あったんなら僕に話してよ」
勢いよく歩いていた茜の足がぴたっと止まった。さっと振り返り、背後に居る青年を涙の溜まった瞳できっと睨みつける。
「しつこいよ蛍! 私は一人になりたいの! これ以上付いてきたら今夜の油揚げ無しだから!」
「えぇ、そんなぁ……。何でそんな事言うの……って、待ってってば、茜ちゃん」
今にも泣きべそをかきそうな蛍を置いて、茜はすたすたと歩いて行く。ぴゅんと駆け出し茜の前に回り込んだ蛍は、茜の肩に手を添えそっと顔を覗き込んだ。小さな唇を噛み締めぎゅっと目を瞑っている。肩に置いた手から微かに震えが伝わった。
「……あの男の事?」
茜がきっと顔を上げ蛍を見上げた。大きな瞳いっぱいに溜まっていた涙が目の縁から溢れ、茜の紅く染まった頬を滑っていく。
「ユウくんに、振られた……。何考えてるのか分からないって、もう疲れたって……。私は、本当にユウくんの事が好きだったのに……!」
涙でぐしゃぐしゃになった茜の顔が、蛍の胸に埋められる。飛脚のように絡げられた蛍の着物が段々と濡れ冷たさを帯びていく。細く大きい蛍の手が茜の小さな頭の上をぽんぽんと跳ねた。
「茜ちゃんは素直じゃないもんなぁ……。やっぱり茜ちゃんの傍に居られる男は僕ぐらいなんだよ」
「あの男の喉笛、噛み切ってあげようか?」
幾ばくかの時が過ぎた後。大禍時の紅く染まった静かな水面に、蛍の小さな呟きが響いた。微かな風が水面をさわさわと揺らす。
「……何言ってんの、ばか」
茜は蛍の胸元にあった顔をゆっくりと顔を上げ、目の前の真っ黒な瞳をじっと見つめた。その綺麗な顔は、とても人ならぬ者には見えない程穏やかだ。ふっと唇に笑みを乗せる。
「そんな事したら、三日間油揚げ無しだよ」
微かに涙の痕が残る顔で、茜は笑った。鈴蘭のように可愛らしい笑顔だった。蛍は微笑み、そっと茜のさらさらな髪を撫でた。
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