第一章 二年生三学期

1/8
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

第一章 二年生三学期

 三月――イヤホンと蛍光ペン  JRのホームにはまだ制服姿はほとんどなく、薄暗く湿ったコンクリートの屋根の下には、線路のずっと先から金色の光が眩しく差し込んできて、ホーム全体をぼやっとかすませていた。そこに、塚田みゆきはたった一人の女子制服姿、しかも今自分が身にまとっているのと同じそれを目にしてしまった。金ボタン付きのネイビーのブレザー、モスグリーンのタータンチェックが入った膝上丈のプリーツスカート、紺色のハイソックス。みゆきはこっそり舌打ちをした。あんなに急いで学校を出たのに。みゆきは外界をシャットアウトするようにイヤホンをつけ、iPodからレディオヘッドを爆音で流した。  一目散に下校するのは、一つの目的であると同時に手段でもあった。つまりみゆきは一刻も早くクラスの面倒な人間関係から逃げ帰り、自分ひとりの時間を少しでも多く確保したかったのだった。みゆきにとって高校は、授業もさることながら、気の合わない同級生たちと関わり合うことを余儀なくされる休憩時間でさえ、退屈で面倒なものでしかなかった。下校してから翌朝登校するまでの、ごく短い自分だけの時間を、可能な限り確保する。背中から黒いツノが飛び出しているように見えるエレキベースもそのための武器であり、また防具の一つだ。「学外の人とバンドの練習があるから」と断っておけば、誰も文句は言うまい。もちろん、このベースもただの飾り物ではない。みゆきは並の高校生以上には積極的にバンド活動をやってはいた。実際、みゆきが「自分の時間」を費やしていたことのほとんどは音楽で、学内外併せて三つのバンドを掛け持ちしていた。だが今日のように、あのツノの重さに耐えてでも、何の用もない日にベースを背負っていることもしょっちゅうだった。この相棒にこじつければ、小学校から同じ学校似通っているというだけの“幼馴染”の掃除が終わるのを待ったり、席が近いだけの“友人”と歩調を合わせてだらだら下校したりする必要もなくなるからだ。進学する高校を間違えたのではないか、とみゆきは常々思う。今更後悔しても仕方がないが、どうも連中とは話が合う気がしなかった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!