与太郎

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 季節巡りて紅葉舞う頃。行商人、いよいよ薬が切れることを恐れ、中身少なき容器を懐に入れ町を歩く。あちらこちらと放浪するうち、いたるところで耳打ちしつつ話す町人を不審に思い、訳聞けばかの盗人が牢から出されたのだとのたまう。行商人、慌てふためき茶屋へ戻ると、町を出る準備にかかる。止めに入る一家を押しのけ、かごを持ち、金目の物をせしめ、道へ出たところ、かの盗人と鉢合わせる。行商人、恐れおののき脱兎のごとき速さで駆け出せば、盗人もまたさらに上をゆく速さで行商人を追いかけ、首根っこをひっつかみ、道の上へと転ばす。盗人、馬乗りとなり、鬼の形相で行商人につかみかかればあまりの激しさに行商人の髷が取れ、髪が乱れる。町人、老若男女問わず騒ぎを聞きつけ集まり、悲鳴が飛び、非難が飛ぶ。行商人、盗人より怒号を浴び、揺さぶられた懐から容器が落ちる。脆い硝子が砕け、薬、盗人の膝に潰され、金切り声を上げる。絶叫に皆の動きは一時止まり、行商人、好機とばかりに抜け出そうとしたところ、秋風に煽られた髪の毛先が鼻をくすぐり、くしゃみを出す。盗人、これを浴び、さらに怒り、行商人の顔を打つ。  虚を連ねた挙句、唾かけるふてぶてしさに我の腹、煮えくり返る思いぞ。と、気性を荒げる。  行商人、否定しても聞き入れられず、噂は瞬く間に広がりたる。岡っ引きの駆けつけたる頃、行商人のなした悪事、町中知らぬ者おらず。盗人と共に罰としてしょっ引かれ、牢を共にする。途中、盗人のくしゃみを通じ、口の効能は広がり、行商人、一夜にして牢を出づれど山暮らしを余儀なし。  了
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