第34章:約束の場所へ

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プログラムによって、セドリックが1番手で演奏することは観客たちも知っている。 しかし、彼が1番手で出てくることに、ピアニストを知る人たちは戸惑いを隠せなかった。 『彼が、今回のコンクールの基準点となるのか』 それは知る人の中では、このコンクールの難易度が格段に跳ね上がるということを予見させる。 セドリックは本来、それほどまでのピアニストなのだ。 セドリックがピアノの前に立ち、優雅に一礼する。 会場内からは拍手が起こる。 「うーーん、久しぶりだな、この感じ。」 セドリックは観客たちに笑顔を振りまきながらも、コンクールという場を懐かしむ。 「さて……じゃぁ始めようか。今回のコンクール、『楽しみ』はたくさんあるしね。キョウがいないのは、少しだけ物足りないけど、補って余りある楽しみがこのコンクールにはある。」 観客席に視線を移す。 客席で他のピアニストの演奏を見に来た、クロエ。 そして、いちばん最後の演奏順である、翠。 ふたりの姿が目に留まった。 「ふふ……君たちの演奏、すごく楽しみだよ。君たちとどれくらい競い合えるか、それが楽しみでエントリーしたんだ……。」 ふたりの姿が確認できて嬉しかったのか、セドリックは満面の笑みを客席に向けた。 観客たち、主に女性客から黄色い声援が飛ぶ。 ふと、セドリックは最前列に座る響の姿を見た。 響がいることは想定外だったらしい。セドリックは一瞬、驚いた表情を見せたが……。 「……楽しみが、またひとつ増えた!」 ……と、嬉しそうな表情でピアノの前に座った。 (どうしようかな……演奏する曲は決まってたんだけど……。) 控室で聴くだろうと思っていたクロエと翠が、客席に来ていること。 また、フランスに来ていないと思っていた響が、会場にいること。 それは、セドリックをわくわくさせる材料としては申し分なかった。 演奏曲も、無難なものを選んできたのだが……。 「ちょっと、良いかな?」 不意に、セドリックは会場スタッフを呼ぶ。 突然のことに、会場がざわつく。 「演奏曲……今から変更って出来るかな?もっといい演奏が出来る曲を思いついちゃって……。」 「え……いま、演奏直前にですか?」 「あぁ。大丈夫。譜面はちゃんと頭に入っているから。」 「は、はぁ……確認してきます。」 前代未聞の申し出に、スタッフも狼狽えるものの、進行を遅らせるわけにもいかないと、そのまま審査委員長席へと走る。 スタッフと審査委員長の話し合いはすぐに終わり……。 「OKだそうです!」 これも前代未聞、直前での楽曲変更の許可が下りたのであった。
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