151人が本棚に入れています
本棚に追加
/1195ページ
プログラムによって、セドリックが1番手で演奏することは観客たちも知っている。
しかし、彼が1番手で出てくることに、ピアニストを知る人たちは戸惑いを隠せなかった。
『彼が、今回のコンクールの基準点となるのか』
それは知る人の中では、このコンクールの難易度が格段に跳ね上がるということを予見させる。
セドリックは本来、それほどまでのピアニストなのだ。
セドリックがピアノの前に立ち、優雅に一礼する。
会場内からは拍手が起こる。
「うーーん、久しぶりだな、この感じ。」
セドリックは観客たちに笑顔を振りまきながらも、コンクールという場を懐かしむ。
「さて……じゃぁ始めようか。今回のコンクール、『楽しみ』はたくさんあるしね。キョウがいないのは、少しだけ物足りないけど、補って余りある楽しみがこのコンクールにはある。」
観客席に視線を移す。
客席で他のピアニストの演奏を見に来た、クロエ。
そして、いちばん最後の演奏順である、翠。
ふたりの姿が目に留まった。
「ふふ……君たちの演奏、すごく楽しみだよ。君たちとどれくらい競い合えるか、それが楽しみでエントリーしたんだ……。」
ふたりの姿が確認できて嬉しかったのか、セドリックは満面の笑みを客席に向けた。
観客たち、主に女性客から黄色い声援が飛ぶ。
ふと、セドリックは最前列に座る響の姿を見た。
響がいることは想定外だったらしい。セドリックは一瞬、驚いた表情を見せたが……。
「……楽しみが、またひとつ増えた!」
……と、嬉しそうな表情でピアノの前に座った。
(どうしようかな……演奏する曲は決まってたんだけど……。)
控室で聴くだろうと思っていたクロエと翠が、客席に来ていること。
また、フランスに来ていないと思っていた響が、会場にいること。
それは、セドリックをわくわくさせる材料としては申し分なかった。
演奏曲も、無難なものを選んできたのだが……。
「ちょっと、良いかな?」
不意に、セドリックは会場スタッフを呼ぶ。
突然のことに、会場がざわつく。
「演奏曲……今から変更って出来るかな?もっといい演奏が出来る曲を思いついちゃって……。」
「え……いま、演奏直前にですか?」
「あぁ。大丈夫。譜面はちゃんと頭に入っているから。」
「は、はぁ……確認してきます。」
前代未聞の申し出に、スタッフも狼狽えるものの、進行を遅らせるわけにもいかないと、そのまま審査委員長席へと走る。
スタッフと審査委員長の話し合いはすぐに終わり……。
「OKだそうです!」
これも前代未聞、直前での楽曲変更の許可が下りたのであった。
最初のコメントを投稿しよう!