一章

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一章

side大江 朝起きて、歯磨いて顔洗って、時計を見上げて慌てて家を出る。 ──朝飯食い忘れたっけ? 思い出せないまま電車に飛び乗ると、案の定満員で。ぎゅうぎゅう詰めになった箱は、20分かけて俺を会社の最寄駅に運ぶ。これが日常。 ──あぁ、苦しい。 今日は人が多いのか? 寒い外気を避けて、生暖かい空気が渦巻く箱の中は息苦しく、ぼうっとする。やっとの思いで目的の駅に降り、やっぱり寒い外気に晒されながら通い慣れた道をぼんやり歩く。 そこそこ大手の総合商社に入社してもうすぐ4年になろうとしている。営業としてまだまだ勉強する事だらけだが、後輩も増えて少しは責任ある仕事ができるようになってきたところだ。 大きなエントランスでエレベーターが降りてくるのを欠伸をしながら待っていた。 「ふあぁ……あ、」 「!…………おはようございます」 「お、はようございます……」 欠伸をしながら何気なく振り返った先にいたのは同じ部署の営業事務員、藤本麻美だった。彼女も俺に気づくと一瞬驚いたように目を見開き、それからすっと視線を外して小さく挨拶を返した。そしてお互い何事もなく降りてきたエレベーターに乗り込み、俺たちのフロアへ上がって行った。 ──なんだよ、またかよ。 初めて会った時からそうだった。彼女は同い年ではあるが、短大卒入社の為2期上の先輩になる。同い年、同じ部署という事で勝手に親近感を持ち、配属後真っ先に声をかけた。しかし彼女は「あ、どうも。よろしくお願いします」と興味なさげに返事をした。ファーストインプレッションが最悪な上に、未だに仕事中もふと視線をあげるとじっとこちらを睨むように見ている事がしばしばある。その内極力避けるようになり、できるだけ関わらないようになった。そんな不愉快な態度を前にいつしか俺もイライラが募っていた。今では事務的な受け答えをするのみで、一週間口を利かないこともザラである。 「藤本さん、ちょっとこれ急ぎ変更してもらえる?」 「はい。わかりました」 俺以外には普通の態度。ますますよく分からない人だ。あーもう今日は朝から怠い。重い思考を振り払った。 .
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