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「おまえ、ふざけてんのかぁ!」
昼下がりのオフィスに響く、課長の怒鳴り声に、眠気も吹っ飛んだ。
新入社員の松谷が、大慌てで頭を下げている。
「すっ、すみません、課長」
「人が話してる最中にあくびするたぁいい根性してんじゃねーか」
どうやら、ミスをやらかして説教をくらってる最中に、あくびしてしまったようだ。
たしかに、いい根性だ。
俺ならあくびなんてしない。
「あのぅ、坂下さんがあくびしてたから……その……」
「いいわけすんな!」
松谷の反論にもなっていない申し開きは、火に油を注ぐばかり。
思えばそれが、はじまりだった。
それから、少しずつ異変は広がっていった。
深刻なニュースを読み上げていた女子アナがあくびをして、降板騒ぎになった。
優勝のかかった試合のPKで、ゴールキーパーがあくびをして、チームは負けた。
多数の犠牲者を出した災害の慰霊式のスピーチ中に総理大臣があくびをして、内閣が総辞職した。
いずれも、当事者の弁解は同じだった。
『誰かが、そのときあくびをしていたから』
もちろん、最初は誰もそんなバカバカしいいいわけを、真面目に取り合わなかった。
だんだん、その現象が世界中に蔓延していくまでは。
気づいたら、人類はみな、自分の意思や状況にかかわらず、あくびをせずにはいられないようになっていた。
ーー【突発性他者誘因型欠伸症候群】
それが、全世界を蝕む伝染病の名前。
いや、伝染病かどうかも定かではない。なぜなら、罹患していると思われる者の体中をくまなく調べても、ウイルスも、細菌も、寄生虫も、一切の病変も見当たらなかったからだ。
ただ、あくびというその症状そのものが、人から人へ伝播していくだけなのだ。
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