往復葉書を切り離すとき

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だけど僕はいま、一人でここにいる。 僕のいる意味を確かめるためにこの街に来て、やっと十年だ。 一度だけ、辛くてたまらなかった時、すがるように電話したことがあったよな、勇樹。 電話の向こうで黙りこくってる僕に、お前は言ったよね。 「にんブーが笑ってなきゃ、俺も笑えねーじゃん、ばーか」 僕は思わず苦笑いを洩らした。 そうだよな。 僕が何のためにこの街に来たのか、それをお前に言われちゃオシマイだよな。 二つ折りの片側に、お前達の往信欄。 反対側に、出欠と近況を知らせる僕の返信欄。 返信欄に名前を書いて、「欠席」に大きくマルをつけた。 返信を、往信から切り離す。 まだ、帰らないよ。 友達としての笑顔じゃ、意味がないんだ。 テレビの向こうから、 ラジオの向こうから、 ひとりの客としてのお前達を、必ず笑顔にしてみせる。 十年間、鳴かず飛ばずに見えるかもしれないけど、 これでも地道にやってきて、 巨体を活かしたチョンマゲに着流しの関取スタイルも、板に着いてきた。 ようやく最近、手応えを感じて来てるんだ。 お客さんの笑顔を、自分も楽しめるようになったし、 いろんな先輩芸人にも声をかけてもらえるようになった。 まだ、帰らない。 この街が、今の僕の生きる場所だから。 この街の僕を、お前達にちゃんと見て欲しいから。 遥かなあの街から懐かしい温もりを運んできた、往信葉書を握りしめた。 お前達の顔を思い浮かべながら、 心の居場所に向けて、僕は切り離した半分の返信葉書を投函する。 この街の喧騒と僕の決意が、 今度は、あの光に満ちた遥かな街まで、 届きますように。 Fin.
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