ハッピーエンドの向こう側

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気晴らしにジムで走っていたら何時かのように田中に止められた。 「川田さん?どうかしたんですか?」 ととのはない息で 「ごめん、考えごとしてたよ」苦笑いした。 年下の男性保育士は気を使いまた、自分用に買ったであろうミネラルウォーターを差し出した。 礼を言って水を飲んだ。 田中はいつの間にか件のCMの話をした。 話題になるのはいい、商品が売れればなおいい。だけど傷をえぐるのは止めてほしい、自分一人で傷ついているだけなので周囲からしたらいい迷惑だろう。だけど傷はまるで治るどころが膿んで熱を持っている。 「なぁ、田中くん、飲みに行かないか?」 気づけば年下の男にそう話しかけていた。田中は驚いたような顔をして、でもスポーツの後に酒は…と言葉を濁した。 「もちろん、おごりだ。飲みたい気分なんだ、駄目かな?」 そう言うと 「ちょっとだけですよ?」と、しかだがなさそうに言った。 田中を連れて行ったのは、小さなステージのあるジャズバー。本当に久しぶりに入るその店は客席にあまり空きがなかった。だが店員はスムーズに空席に導いてくれる。席に着いてすぐに注文を入れた。 「スティンガーとノルマンディーコーヒーを田中くんは?」 「ノンアルコールでおすすめのカクテルを」 ステージでは、まだ年若い感じの女性歌手が往年のジャズメドレーを歌っている。 わりとすぐ出されたショートカクテルを飲みほし追加でまたショートカクテルを頼んだ。 ロングカクテルのノルマンディーコーヒーはコーヒーとリンゴの香りが腹の中から身体を暖めていくようだった。 「…ここ昔、十年以上前によく来てたんだ」 「奥さまとの思い出の…ってヤツですか?」 「いいや、違う。歩叶(あゆか)とも知り合う前、タレント養成所を辞めて制作会社でバイトしながらメイクの専門に通ってたころ」 ないしょ話するように田中の耳もとで小声で話す。 「君が話してたCMの歌手が昔ここで歌ってたんだ」 田中は目を見開いて川田に話しかけようとする、川田は内緒だよ、と唇に人差し指をあてる。 「…川田さん、何か話したい事があるんですよね?そんなささやかな自慢話めいた話じゃなく」 川田は2杯目のスティンガーを空けた。 「そうだなぁ、例えば昔馴染みの戦友に抱いた気持ちの話し、俺はヤツとは友人だと思ってた。でもいつの間にか無償の愛的な気持ちも持つようになった」 「アイツの役にたちたい」
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