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 幸せになりたい。そんな小説を書いたのは高校三年生の夏で、最後の文化祭で配る部誌に載せた。  主人公の女子高校生は、ラストで部活の顧問であった「先生」の前に現れる。今度は同僚として。その先生ともう一度会うために彼女は大学に進学し、教員になっていた。 『先生から「君を助けることも救うことも出来ない」と言われた時より、「もう先生に会わないで」って言われた方が、ずっと辛かったんですよ。  卒業してから、はっきりと分かったんです。先生は私にとって理想の先生で、理想の旦那さんで、理想のお父さんでした。私、もうすぐ結婚するんです』  恋愛なんて呼べるものではない。ただ、失いたくなかっただけだ。  幸せになりたい。あれからずっと変わらずに思っていても、そうなる方法は誰からも教わっていない。先生と呼ばれる人でも、教えられないことはたくさんある。    『結婚したいなあ』『結婚したいねえ』そんな睦言を付き合って間もない頃から、どちらともなく何度も繰り返してきた。できれば年度が変わる前の三月がいいね、と。 「誕生日に、婚約指輪を渡したいんだ」  電話の向こうから聞こえるのはいつもと同じ、くぐもった彼の声のはずなのに。その言葉だけは妙にクリアに届く。いつから待ちわびていたのだろう。こんな私でも、ようやく選ばれた気がする。  来月、二十七歳になる私より彼の方が三個上だが、学年で言うと四学年上だ。同じ職種で正規採用され、系列校研修で出会った。池田賢治と名乗り、関東から出たことがない私でも知っている関西の大学出身の彼。関西弁の口調、ビール太りの腹、そしてパンチがかった天然パーマの風貌から学年主任かと思いきや、正規としては一年目と知ったときは内心かなり驚いた。その見た目からでは英語科とは思えなかった。 〈高校の時、何の部活入ってはったんですか〉
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