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こんな話を、私が同席していていいのかと半ば戸惑いながらその光景を見ていた。彼女が話す“半分”の意味が分かればわかるほど、ただ胸が苦しくなるばかりだった。
思い出もほとんど残っていない父という人物は、こんなにも母と楓さんという2人の女性の人生を変えてしまうほどの存在だったのか。そう思った瞬間、私はどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
「清美さん。あなたの望むように私は致しますので、なんでも仰ってください。遺言でなく、あなたの意思に、私は応えたいと思っております」
真っすぐに母の目を見据えて、楓さんはそう口にする。彼女は人生の大半を償いで終わらせようとしているのだと、そこで改めて理解した。
「財産の半分はあなたのものなのでしたら、それを持ってすぐにここから出ていって下さい。…そう言ったら、あなたはそうできますか?」
母が固い声でそう問い掛けた。私はその言葉に唾を飲み込んだ。これ以上、彼女から父を奪ってしまうのだろうか。
「清美さんがそう仰るなら、明日にでも出ていけるようにしましょう」
少しも目を逸らすことなく、彼女は静かにそう告げた。
時間が止まったかのように、けれど、とてつもなく長い時間にも感じるほどの沈黙が流れた。母は一体なにを思っているのだろうか。ぐるぐると考えを巡らせていると、母が柔らかく息を吐いてその沈黙を破った。
「夫の遺言には、この家はあなたに、とあったんじゃありませんか?」
その言葉で、楓さんの瞳が一瞬揺れた。
「…ええ、その通りです」
「でしたら、夫の遺言通りにしましょう。それと…」
母は一瞬私を見て切なげに目を細めた。そうして、すぐに視線を彼女に戻す。
「もう、償いは終わりにして下さい。そんなこと、夫も望んではいなかったでしょう。あの人を信じ切れなかった自分を恨むことはあっても、今あなたを恨むようなことはありません。…辛い日々を過ごさせてしまって、私こそ申し訳ありませんでした」
母は深々と頭を下げた。慌てて、“頭を上げて下さい”と言う楓さんと母のやり取りを見て、私は口元に笑みを滲ませた。
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