2/5
73人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
「は?万年筆?」 その日の夜、私は彼と電話をしていた。 「うん、すごく高級な。女性からみたいなんだけど、知らないのよね、その大河内さんって人」 「それ、なんか気持ち悪くない?」 あからさまに怪訝そうな声が耳に届いた。 「うん…でも、手紙になにか話せない事情があるようなことが書かれていて。どうしたらいいんだろう」 「売れば?」 「え?」 「だって、いい値段するんだろ?きっと。万年筆なんて使う当てもないだろうし、持ってても気味悪いじゃん」 簡単にそんなことを言い放つ彼に、私は眉を寄せた。 考えなかったわけではない。正直、ネットでどれだけ値が張るものなのかも調べてしまった。しかし、だからこそ、こんな高価なものを贈る理由がそこにはある気がしたのだった。 「いや…すこし考えてみるよ」 そう返して、それからはもう話題を変えてしまった。 なにかあるはず、そう思いながらも、私は記載されていた送り主に電話もしなかった。不思議と嫌な気はもうしなくなっていて、それが余計に捨てることも売ることもできなくさせていたのだった。 クローゼットの中に隠すように置いたそれを、私はどうにもできないまま一ヶ月を過ごした。 そんなある日。また、荷物は届いた。 「今度は、時計…」 無難な茶色の革ベルトが、それでもやはり高級であると思うだけで特別に映った。私が普段使っているものとは桁のちがうもの。そして、やはり茶封筒が一つ。 “洗練されたものを身に付けるのは、決して悪いことではないですよ。気味悪がらずに、出来れば使っていただけると幸いです。” そんな文字が書かれていた。 この人は、私がブランド品を好まないことを知っているのだろうか。不意にそんなことが頭をよぎる。嫌いというほどでもないのだけれど、ブランドという名前を振りかざすことにあまり良い印象がないだけ。有り余るほどの富も、ブランドにもさして興味がない。ただ平凡な毎日を、それでも女手一つで育ててくれた母と過ごした日常は大変だったけれど、温かくて幸福だった。それが基盤にあるからだろうか。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!