つい心のはずみで

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つい心のはずみで

   まるで神隠しだった。  一人息子の良太郎が、私の前から忽然と姿を消した。高速道路から県道を50分、カーブの多い山道を30分走った辺りのきのこ園で、きのこ狩りをしている最中の事だった。    私と8才の良太郎、妻の蘭子と5才のみゆきがペアになり、それぞれ違う場所で採っていた。お互いが見えないくらい離れた場所だった為、私はたくさん採って蘭子を驚かせてやろうと張り切っていた。     一時間経った頃、良太郎が小枝をぶんぶん振り回して、やたらめったらに草木を攻撃し出した。他の客もいるので、「周りに迷惑だからやめなさい」と良太郎をたしなめても、またしばらくすると、やあやあ言いながら草木を攻撃しだす。その繰り返しに私は諦めて放っておく事にした。少しくらい気にかけなくてもそれほど遠くに行かないだろうと思ったのだ。  甘かった。子供一人が気配なく消えるほどの時間は経過していないはずだったのに、気が付くと枯れ木に覆われた山の斜面には誰も居なくなっていた。  良太郎が消えたのだ。  その時の戦慄や恐怖といったらなかった。 私は採取したばかりのきのこや山菜を放り出し、闇雲に良太郎を探した。    スマホで蘭子に知らせた時の鼓動は今でも覚えている。動揺を抑えようと、悲鳴を飲み込んだ蘭子の呼吸音も忘れられない。    思えば蘭子にとって良太郎は不妊治療でやっと授かった子宝だった。だから良太郎に対する可愛がり方は尋常ではなく、何をするにも一緒で、とにかく子育てが人生最大の喜びであるかのようだった。無論、娘のみゆきが誕生しても良太郎への愛は変わらなかった。その寵愛ぶりは、夫である私が嫉妬してしまうほどだった。  そもそも蘭子は、結婚する前から母性本能と愛の強い女性だった。時には荒く、時には穏やかな波のように、愛を乞うては与える人だった。  それを私は岩礁のように受け入れては応えてきたのに、その愛の方向は今、良太郎とみゆきに注がれている。そのことが残念でならない。     結局、木々の暗がりが深い闇に落ちる時刻になっても、良太郎が見つかることはなかった。きのこ園のスタッフが地元の消防団や警察に捜索隊を手配をしてくれた。
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