もう一人のチャーリィ・ゴードン   梶尾真治

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 梶尾真治の武器は発想と魅力的な文章と叙情性だと思うんだけど、この作品集もそういった武器を充分に堪能できる。 「もう一人のチャーリー・ゴードン」  表題作。「アルジャーノンに花束を」のパロディ。アルジャーノンは未読なんだけど、筋書きはなんとなく知ってるのは何故なんだろう。「忠臣蔵」をまともに見たことがなくてもなんとなく知ってるのと同じ感じだろうか。  大和石という物質から作られた細胞を活性化させる働きをする新薬の実験台となった主人公、広崎。住みこむことになった研究所にはアルジャーノンというマウスの先客がいて、広崎と同じように新薬の実験台になっていた。  マウスと広崎の状態の変化の関連から、ある結末を暗示させる事態が起きる。  元ネタ未読でいうのもおかしいが、たぶん元ネタと同じ構造のストーリー展開だと思われる。  後半の抒情的な描写が元ネタにあるのかどうか知らないが、ここが見せ場。梶尾真治作品特有のの心地よさを味わえる。 「芦家家の崩壊」  元ネタ「アッシャー家の崩壊」は読んだことあるはずだけど、なんとなくのイメージ以外、ほとんど忘れてしまってる。  この作品は、ちょっとピンとこなかった。元ネタを覚えていたらまた違った楽しみもあったんだろうけど。 「地球屋十七代目天翔けノア」  これは問題作。二段オチになっていて、二段目のオチによって作品に一貫して流れていた梶尾ワールドの抒情性がぶち壊しになる。いいのかこれ?  心地よい物語を楽しむという目的なら一段目のオチだけで十分であって二段目のオチは蛇足でしかないのだが、物語巧者の梶尾真治がそんな初歩的なミスをするわけがなく、心地よさを消費する読者へのカウンターパンチとしてあえてこうしたのだろう。抒情性のある物語でこの終わり方はバランスが悪くて、モヤモヤした読後感を残すんだけど、読者にその後の悪夢のような展開を想像させたり、愛ってのは結局性と不可分なのかみたいな根源的な疑問を再考させたりするという点では、単に心地よく抒情的な作品よりも優れているとも言える。  この作品の長さもちょうど良かったんだろう。これがショートショートなら、いかにもショートショートらしいオチであって流されてしまうだろう。これが長編ならば、抒情性にどっぷり漬かり作中人物への感情移入が深くなり、最後の最後でこんな終わり方だと。ふざけんなって感じになりそうだ。
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