Xデイ

2/11
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
 亜音速飛行をする巨大な鋼鉄の鳥――  その腹の中で、長い物思いに耽る。  ようやくここまで来た。  緊張と不安から、配属されたばかりの新兵が何度か吐いた。  その饐えた匂いの中、それでもどこか羨ましく思う。  人間としての、まっとうな感覚をまだ失っていない彼ら。  願わくば、彼らが無事”そのまま”で終わって欲しい。  胃腸どころか肺臓すらも代替で稼働している、今の俺達のようにはなるな。  まだ奇跡的に五臓六腑が健在な隣のエイブラムスは、その臭いにやられたらしく顔を顰めている。   向かいのコンラッドがそれをネタに、また笑いを取る。  冗談の通じないエイブラムスは苛立たしげな目だ。 『オルコック少佐――』  機内のスピーカから呼ぶ声。  兵員輸送機の副操縦士だ。 『至急、ブリッジまで願います』  1時間もせず、目的の投下ポイントに差し掛かる。  何事かと腰を浮かせる副官のジャレッドを制して、言われた通り操舵室へと向かう。  ブリッジでは、少なくない混乱と恐怖が顔を覗かせていた。  操縦席に座るのはコ・パイロット。先程、俺を呼んだ若い士官だ。    そこから離れた床の上、うずくまるように横たえているのが正規パイロット。  二人の整備兵に付き添われて、ひどく苦しんでいる。 「どうした?」 「その……つい数分前、突然苦しみだして……」  彼の眼球と心音を確認し、すぐさま腰から.44オートを抜き放つ。  その様を横目で捕らえていた副操縦士が鋭く「少佐!」と声を上げた。 「銃はやめてください。跳弾の危険が」  そう言われて思い至る。  航空機のコックピット内で発砲は確かにマズイ。  若いが、存外に肝が据わってる。――良い兵士だ。    拳銃を収め、軍用ナイフを引き抜いた。  その瞬間――  濁った雄叫びで、脇の整備兵を押し除け、パイロットがこちらに掴みかかる。    しかし、”まだ”人間である彼には、サイバネティック技術によって機械化されている特殊海兵隊員を相手どるには分が悪過ぎた。  難無く引き剥がし、あばらの隙間から心臓を深く刺し貫く。一度の痙攣で大人しくなる。  新定された軍事法により、彼は名誉の戦死扱いだ。――安らかに。 「遺体は焼却が望ましいが、無理ならすぐにも捨てろ」  生唾を呑む整備兵らに言い残し、貨物室へと戻った。  
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!