1話 生活習慣

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 体臭というのは、その人の生活環境から来るものが多い。  俺の場合はたぶん……グルーミング・シトラス。  いわゆる制汗剤の匂いだけど、体の分泌臭なんかよりよっぽどいいでしょう? 『香りを身だしなみの一部として考える、ビジネスマンの為に作られました。気になるニオイを取り除き、ほのかな香りに包まれて自信を身に纏い、洗練された男へ。「できる男」を実現します』のそそるうたい文句にネットでポチッとしたやつだ。  甘すぎず、爽やかすぎず、少しだけワイルド。まさに上品で男を感じさせる香り。完璧。  いわゆる思春期と呼ばれる今、無造作に体臭を振りまいている連中もいるがそれだって追及すれば食生活とかそういったものの影響だろう。  まぁ、追及するのもさらさらごめんだけど。  身だしなみに気をつける。風呂上りにはいつもこの香を纏う。それが俺の身だしなみ。つまり、これも生活環境によるものだ。  そして、そんな俺が今もっとも鼻につく匂いがある。  ほら、また匂った。  ただでさえ集中できない授業。大概の学問は個人による人一倍の努力で補ってきた俺だけど、この美術の授業だけはどうしても補えるものじゃない。描いても描いてもお粗末極まりない絵。ある意味ピカソと張り合える天才じゃないのか? と思った時期もあった。しかしながら、ピカソの本気を中学で見た俺はピカソに「ごめんなさい」と胸の内でひれ伏したのだった。  周りで描く生徒の誰よりもある意味目立ってる絵。一向に進歩のない絵。描く気力もとうの昔に無くしてしまってる。そんな授業で、俺の横を通過する匂い。  凄く匂う。もわんと香る甘いバニラとコーヒーのような。  大人の男を感じさせるキリッとした感じのまるでない甘ったるい香り。  教師のくせに。  しまりのない呑気な表情の美術教師。ある意味ピッタリな匂いなのか? それにしても、臭い。つけ過ぎだろう。  匂いを僅かに残し過ぎていく背中から、壁にかかった時計に目を向け細めた。あと十五分もすればチャイムが鳴る。  俺はイライラにまかせザザッと腕を大きくスライドさせ形ばかりに課題の絵を仕上げた。どうせこんな絵何時間かけようが一緒なんだ。  終了チャイム十分前に仕上げた絵を提出し、教室を出た。  
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