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この地下鉄に乗ってしまうともう二度と戻れないだろう。
池中春介(しゅんすけ)は、階段を目の前にして歩を止めると、ゆっくりと振り返った。
見慣れた街並みはどこかしら古い水彩画のように色褪せて見えて、一陣のビル風が僕の躰を透かすように通り過ぎた。僕は小さく首をすくめ思わず両手をポケットに突っ込んだ。
思い出すのは上京した時に見た色とりどりの華やかさ。近代的な高層ビルや大きくて長い橋。日が暮れると、夜を計算し尽くされた多色のライトアップが暗い空に映える。そこから視線を落とすと懐古的な雑居ビル群。そして、あちらこちらの店先に掛かる洒落た看板や昭和の面影を残した木造の住居。全てがバランスよく見えた。
月日は流れた。四年なんて束の間だった。
特にこの一年は最悪で、時間をつぶすかのようにあっちこっちフラフラとしていただけであった。
次々と生まれては消え去る刺激などたいしたものではなかった。それでも皆に後れをとるまいと、面白かったとか、美味しいかったとか、そんな事ばかりに自分を浪費し続けた。
だけど、それももう必要ないのだ。この地下鉄に乗れば全てが終わる。始まるための終わりなのだ。
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