【5 身削】

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 じゃり、と桶の蓋を踏みつけた汐原が言う。 「ひとつ良いことを教えてあげますよ。あの美濃部の家は、人柱になった浅葱の末裔なんですよ。浅葱は人柱になる前、十七の時に子供を産んでるんです。で、美濃部はその直系の子孫ってやつです」 「美濃部……が?」 「ええ。桶を保管してたのも、それが理由です。でも実の直系である滋吉や灯子をも惨たらしく死に追いやったってことは、すでに浅葱の祟りはこの村全体に及んでいるのかもしれませんね」  淡々とした声に続いて、シャベルで掘った土を桶にかぶせる音が聞こえてくる。 「や、やめろっ!」 「いやね、私だって困ってるんです。神指池から引き上げられた灯子の死体を見ましたが、ありゃあとても人間なんて呼べる代物じゃなかった。皮膚は剥げ落ちて、腐乱した全身の赤黒い肉が骨から垂れ下がってた。なのに長い黒髪の間からは、ギョロリとした目玉だけがこちらを睨んでるんですよ。瞼は溶け落ちてるのに、目玉だけはしっかりと残ってる。さすがに身震いしましたよ」  ボソボソと呟きながらも、汐原は土をかぶせる手を止めようとはしなかった。その声が、いつしか狂気を帯びたものへと変わっていく。 「しかもですよ。滋吉を小間切れにした鉈だけは、しっかりと灯子の手に握られてたんですから。あれはきっと、この村の全員に対する見せしめでしょうね。その時、ようやくはっきりと分かったんです。浅葱は本当に生贄を求めてるんだって」  桶に土がかぶせられる度に汐原の声がくぐもっていき、私は慌てて蓋にすがりつく。 「やめろっ! やめてくれっ!」 「なあに、心配することはありませんよ。私だって遅かれ早かれ『身削』しなくちゃならないんだから。もう、腕や足の一本くらいじゃ済まないでしょうがね」 「だ……出してくれ」 「しょせんここは神刺。神に捨てられた、忌まわしき土地なんですよ」  汐原の声が、次第に遠ざかっていく。それとともに、地下に閉ざされたこの空間の中で、私は光に続いて音を失う。 「う、うわあああっ!」  力任せに桶の蓋を押すが、感じられるのは伸し掛かる土砂の重圧だけだった。 「嘘だ……嘘だ。こんな、ことが……」  漆黒の闇の中、爪を突き立てて蓋を掻き毟る。割れた爪からほとばしる鮮血が、私の頬を涙のように伝う。肉の剥き出しになった指先でガリガリと蓋を掻く音だけが、座棺の中にただ虚しく響いていく。
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