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「助けて……」
助けを乞うた瞬間、彼女の内側で何かが蠢いた。正体の知れない底知れぬ不気味で不快な感覚に、彼女は胸騒ぎを感じた。その感覚が、ずるりずるりとこちら側に迫ってきている。恐怖に硬直した彼女は突然、声らしきものを聞く。
『ダメ…だヨ。信ジ……タリシ、たラ。……マタ、同ジ……』
「!?」
その声らしきものは鼓膜の内側から脳へ、そしてアナトの体中を這いずって回った。言い知れない不安から、取り乱したように体を震わせ、何とか精一杯の力で青年の服にガシリとしがみつき、訴えるように見つめた。
『ダ……めダ……オ前ハ、誰……ニも……頼ル、コトハデキなイ……ンダヨ。同ジ事ノ……繰リ返、シ。……分カラナイか、ナぁ』
先ほどよりも鮮明に脳へ語りかけてくるそれは、呆れたように嘲笑する。
誰なのか、何なのか、ただただ流れ込むそれに困惑するアナトの見開かれた漆黒の瞳からはボロボロと生理的な涙が落ちる。やがてしがみつく力さえ失ったように、重力のまま床に引っ張られていった。
へたりと座り込む彼女に焦りを感じ、彼はそばにしゃがみこむ。彼女の小さな肩は壊れかけのオモチャのようにガタガタと震え、恐怖に慄いているようだった。
虚空を見つめてガタガタ震える彼女の脳内はパニック状態だった。ふと頭の片隅に仕舞いこまれていた記憶に気がつく。
ああ、あの声が言う「同じ事」。
そう同じ事をアナトは知っている。知っているだけだはない、経験しているはずなのだ。ぐるぐるとあの声が際限なく木霊する。
そう同じ声、同じシチュエーション、そしてその先は…………霧がかかっていて片隅の記憶を開くことは叶わない。
虚ろに沈んだまま、彼女が声を振り絞る。
「だめッ、近寄らないで!来ないで……わ、わたしに優しくしないで……」
『ソウ。思い……出シテ……お前ガ、ソウ、ヤッテ頼ッて、きた奴等のコト、を。……奴等ノ顛末ヲ』
ソレが声高に嘲笑う。脳内でガンガンと反響する。
小さな彼女はなおも震え、呻き声を漏らす。声にならない悲痛な叫びはそばで彼女を心配する青年にも届く。
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