序章

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深淵を覗き込む時、深淵もまた此方を見ている。 確かそんな言葉を言ったのは、ニーチェだと思う。 その井戸は関東某所の人里離れた山中に在った。 井戸と言うものは、地下の水脈を掘り当てる物だから、普通は低い平地にあるものだ。 山中なんかに掘ったら、普通より深く掘らなきゃ行けないし。 水は上から下へ流れるんだから、多少は水が出ても雨が降らなきゃ直ぐに枯れてしまうだろう。 たぶん、その井戸の事は誰も知らないだろう。 俺もその井戸を、たまたま見つけたのだ。 井戸の底を覗くと深い底知れぬ闇が広がっていた。 何も見えない筈の闇の中に、俺は眼を見た気がした。 冷たく、じっとこちらを見つめる眼を感じた。 冷たい視線だ。 それはきっと、獲物を見つめる獣の視線に似ている。
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