2章5話 刻印、1

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ごろんと寝返りを打って、紗矢はゆっくり目を開けた。 (……眠れない) 食事の時にあった琴美との一悶着を思い出せば、ため息が口をついてでた。 あの後、何も知らない伊月をテーブルに交え、他愛ない会話を交えながらもくもくと食事を済ませた。 いったんこの部屋に戻ってきてから、卓人に場所を案内してもらい、お風呂を借りた。 傷に差し支えるため湯船には入らずシャワーだけで済ませたのだが、温かなお湯に、少しだけ落ち着きを取り戻すことが出来たのだった。 のろのろとパジャマに着替え廊下へ出ると、卓人と白衣を着た女性が談笑をしている所に遭遇する。 そのまま処置室のような場所に連れて行かれ、女性に足と体の具合を看てもらった後、紗矢はこの部屋に戻って来たのだ。 すぐに卓人はやることがあるからと部屋を出て行き、やっと一人になった紗矢はベッドにダイブすると、あれこれと悩み始める前に眠りに落ちてしまったのだが……それから一時間ほどで、目が覚めてしまったのだ。 時刻は十二時。 疲労感はまだまだ消えていないが、再び眠りにつくことも難しかった。 紗矢は寝るのを諦めると、所在なさげに部屋の中をうろつきはじめた。 意味も無く机の引き出しを開けてみたり、下ろした髪を鏡の前で懸命に梳かしてみたり、戸棚に置かれていた小説をぱらぱらと捲ってみたりした。 何かのサイトでも見ようかと、充電中の赤いランプを灯している携帯電話を手に取り……紗矢は何時なしに窓の外へと目を向けた。 鳥獣たちの小屋の先を見て、首を傾げた。小屋の背後に生け垣があり、その向こうからほのかに明かりが漏れているのだ。 (家?) 暗闇に沈んでしまってはいるが、確かに平屋らしきものがそこにあった。 見ている先で、鳥獣が軽々と生け垣を飛び越えた。思わず紗矢は「あっ!」と声を発する。 「どうしたの?」 言葉と共に、ノック音が響いた。 「わっ、峰岸君」 突然かけられた声と音に驚いて振り返れば、半開きになった扉から卓人が顔を覗かせていた。 「鳥獣が、生け垣を跳び越えていったから……家があるみたいだけど、大丈夫?」 「大丈夫だよ。あの家もうちの一部だから。飛び越えるのも、よく見る光景だよ」
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