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痛みを堪えながら視線を上に向け、泣きそうになる。もうそこに鳥の姿はなかったのだ。
自分はどうしてあの鳥についてきてしまったのだろう。後悔し、心細さに押し潰されそうになった。
――……ガサリ、ガサリ。
風もないのに、草が揺れた。立ち上がることも出来ずにいると、茂みから影がゆらりと伸び上がった。
伸び縮みをしながら、細長い影は球形へと変化していく。
サッカーボールほどの大きさになった所で、それは影ではなく別のモノなのだと紗矢は気がついた。
表面を固そうな短い黒い毛に覆われたそれが毛の塊となりころりと転がってきた。
紗矢の目の前で動きを止め、勢いよく跳ね上がった。
見えた恐怖に、叫び声さえ上げられなかった。真下に大きな口があり、開かれたそこに鋭い牙が隙間なく並んでいたのだ。
噛みつかれる――そう思った瞬間、視界の隅で何かが輝いた。小さな光が閃光となって毛の塊に突き刺さる。
奇妙な声音と共に地面に落下した塊は、短刀に貫かれていた。
悶絶し身をよじるそれから逃げるように、紗矢は座ったまま後ずさった。
「…………誰?」
どこからか、男の子の声が聞こえた。
紗矢は忙しなく周囲に目を向ける。けれど、霧に包まれた中で、その声の主を見付けることが出来なかった。
頭上で、あの鳥の鳴き声が聞こえた。
見上げれば、灰色の中に赤があった。舞い降りてきているのか、姿がだんだんと大きくなってくる。
どの枝にも留まらず、鳥は木の根元へと向かって舞い降りていき……そして、小さな黒い塊に両足を乗せた。
「鬱陶しいな。下がれよ」
ほんの一瞬、さっきの塊と同じモノだろうかと、紗矢は身をこわばらせたが、言葉と共に霧が引くと、すぐにそれが声の主の頭だと気付かされた。
現れ出た姿に、紗矢の鼓動は大きく反応する。
そこにいたのは自分と同じくらいの年齢の男の子だった。
黒いポロシャツに濃紺のハーフパンツ姿のその子は、木の幹にもたれ、片膝を抱え座っている。
とても綺麗な顔をした男の子だった。そして、酷く疲れ切っているようにも見えた。
「で……お前、誰?」
男の子の視線に捉えられ、紗矢は動けなくなる。
黒髪がさらりと揺れるその下で、瞳が細められる。あからさまな警戒心を突き付けられ、紗矢は拳を握りしめた。
「かっ、片月紗矢(かたつき さや)です!」
「……片月?」
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