2章5話 刻印、1

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平屋は近隣住宅ではなく、峰岸家所有の建物であるらしい。 誰が住んでいるのだろうか。そんなことを考えていると、卓人がニコリと笑いながら室内に入ってきた。 「あそこに、阿弥さんが住んでるんだよ。鳥獣は三時間くらいしか寝ないから、夜中でもあぁやって阿弥さんの所に遊びに行くんだ。阿弥さんも大変だよね」 (阿弥さん。求慈の姫だっていう人) 「代々、求慈の姫はあそこで暮らしてるよ……しかも一人で。人が多すぎるこっちの家が嫌みたい」 「へぇ」 「紗矢ちゃんはこのままこっちに、一緒にいてよ?」 卓人に後ろから抱き締められ、紗矢は「うん」と頷くことも、その手を振り払うことも出来ずに、求慈の姫がいるという家をただ見つめていた。 そして卓人の温もりの中にいるというのに、紗矢は珪介の事を思い出していた。 (……私、越河君のブレザー、家に置いて来ちゃった) 何となく持って行く気になれなくて、自分の部屋に置いてきてしまったのだ。 「明日も学校なのに、峰岸君はまだ寝ないの?」 そう卓人に問いかけながらも、明日教室で珪介に会えるのだから、ここにブレザーを持ってくるべきだったのだと、心の中で後悔した。 「もう十二時過ぎちゃったもんね……でも鳥獣は明け方の三時くらいまで活動しているから、僕もその時間くらいまで待機だよ」 「どうして?」 「朝、僕が長に言ったでしょ? 今夜にでも紗矢ちゃんに刻印をって」 彼が鳥獣の長に向かって声高らかに言った今朝の出来事が、遠い昔のことに思えた。 「その僕の言葉に、鳥獣の長から阿弥さんに返事がきたらしい。予定通り、『我、今宵赴こう』ってね」 その言葉を聞いて、紗矢は急速に恐くなっていく。 あの時、長にこうも言われたのだ――今宵、再び問う。決断せよ、と。 誰に添い生きるのか。誰に力を与えるのか。 (誰にって、きっと……峰岸君なのか、越河君なのかってこと、だよね?) 心がキュッと苦しくなった。 思わず胸元で拳を握りしめれば、自分を背後から抱き締める卓人の力が僅かに強まった。 (私は……私は……) 『紗矢』 優しい表情を貼り付けた彼から発せられた甘い声音。 『これが俺の普通だ。諦めろ』
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