2章5話 刻印、1

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クラスメイトは見たことがないだろう、素の彼の口調、表情。自分の傷を手当てしてくれた優しい手。魅惑的だった珪介の赤い輝き。 脳裏に現れ出る珪介の記憶を、紗矢は必死にかき消していく。 図書館の惨状や、自宅での出来事。自分たちの間に越河が割り込む事は許さないと言った卓人の声音が、体に重くのし掛かってくる。 このまま卓人を選び、卓人の言う通りに動いていけば、無駄な争いなんて起こることもなく、全てが丸く収まりそうな気がした。 (でも峰岸くんを選べば、きっともう……越河君は、私と話してはくれない。近づくことすら、きっとない) つんと鼻が痛くなり、視界がじわりと潤んだ。 (……もっといっぱい、越河君と話したかった) 子供の頃から抱き続けていた望みが、心の中で大きさを増していく。 (珪介君!) その名を心の中で強く唱えたとき、前方がぱっと明るくなった。 求慈の姫がいるという家から、目映い大きな光が夜空へ舞い昇っていく。屋根より五メートルほど上空で、光は陽炎のように揺らめきながら留まった。 「あ、あれは何?」 「え?」 「空に浮かんでるあの光!」 慌ててすぐ後ろにある卓人の顔を見たが、彼は空と紗矢の顔を不思議そうに見るばかりで、何にも答えなかった。 視線を空に戻しじっと見つめていると、光がだんだんとある形に見えてきた。鳥獣だ。 しなやかな動きで空を駆け始めれば、地上で遊んでいる鳥獣たちもバサリバサリと空へ昇り始めた。寄り添うように、鳥たちが舞い踊る。 (……綺麗) 光の帯を残しながら飛ぶその鳥は、幻想的だった。 「光って、気配か何かの例えかな?」 卓人の疑問に「違う」と返そうとしたが、振り返り見えた嬉しそうな顔に、紗矢は驚き困惑する。 「どうしたの、峰岸君」 「だって、もうすぐ長がここに来るから」 紗矢を抱き締めていた腕をほどき、卓人は窓へ歩み寄った。 「ほら!」 卓人が声を上げ数秒後、こちらに向かって飛んでくる巨大な姿を、紗矢は視界に捉えた。 あっという間に近付いてきた鳥獣の長は、光り輝く鳥と互いの身を擦り合わせた。 その仲むつまじい光景にうっとりとため息を吐けば、卓人が興奮気味に紗矢の手を掴み取った。
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