何も無い街

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それからしばらくは出されたナッツを齧りながら、時よりカウンターの端っこでバーテンと話している女を見た。彼女はとても楽しそうに見えた。常連なのだろう。そして、もしかするとバーテンと何かしらの付き合いがあるのかもしれない。 そう思うと僕はたまらなく居心地の悪さを感じた。しかししばらくして別の男のバーテンがやってきて、背の高いバーテンはカウンターの奥に引っ込んでしまった。女は新しく現れたバーテンの男とはほとんど会話をしなかった。スマホをいじりながら一人で酒を飲んでいる。 僕は彼女に話しかけようかと思った。とりあえず今くわえている煙草を吸い終わったらにしよう、と思った。煙草はすぐに短くなった。女は相変わらずつまらなそうにスマホを見ている。僕は煙草を灰皿に押し付けた。そしてグラスに残ったモスコミュールを飲み干すと、女が座っているのとは反対にある入口に向かって歩いていった。そして勘定を払い、そのまま店を出た。 夜風に運ばれて車の排気ガスの臭いがする。腕時計を目をやる。時計の針は二十時半を少し回ったところだった。夜は今からが楽しい時間だった。僕はうんざりした気分で煙草をくわえ、火を点けた。そのまま近くの川までぼんやりとした意識のまま歩いていった。結局のところ、僕には女に声をかけるだけの勇気など端から無いのだ。そんなものがもしも最初からあったとすれば、こんな虚しい気持ちで毎日を送ってはいないだろう。 「問題は」と僕は頭の中で呟いた。それが女のいないことによる虚しさかどうかもわからないことだった。
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