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これはぼくが大学生だったころの話だ。失恋をしたあの夜、予想以上のダメージに、ぼくは何度か行ったことがあるバーで覚えたてのウイスキーを数杯あおった。アルコールが体内を巡り、ぼくの視界もぐるぐるし始めた。足元がおぼつかなくなり、通行人の白い目を全身に感じながら狭い通りを蛇行していたところまでは覚えている。
気付いた時にはその店の前にいた。店の入口に続く短い石段に上体をあずけ、胎児のように丸まっていたぼくは、誰かに肩を叩かれ瞼を持ち上げた。
「大丈夫?」
声がする方になんとか視線を向けると、そこにはひとりの男性がしゃがみ込み、心配そうにぼくの顔を覗き込んでいた。
「ああ、良かった。ちゃんと生きてるみたいだね」
「ここは……?」
「俺の店。きみがここに寝てると店、開けられないんだよね」
「あ、ああ……すみません……いてっ」
立ち上がろうとしてまた転ぶ。今度は石段に右膝をぶつけてしまった。
「ほら、しっかりして。とりあえず入りなよ。歩けないだろ」
その人に支えられ、ぼくは店の中に入った。分厚い木の扉にぶらさがった小さな真鍮製の鐘がカランと音を立てた。
「カウンターしか無いけど、落ちないように座ってて」
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