誰も、いなかった

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誰も、いなかった

「それじゃ、一時間休憩。ゲネまでに小道具のプリセットちゃんとしておくこと」  座長の河西は、そう言ってそそくさと劇場から出ていった。おそらくヤニ切れであろう。ヘビースモーカーは大変だ、と、沖田は独りごちる。  大きく伸びをして、沖田はブースから立ち上がった。二時間に及ぶ場当たりからようやく解放されたのだ。一時間、しっかり休まなければ、こちらの身が持たない。  沖田はフリーの照明技師であった。芝居やダンス、音楽会など、舞台に光を当てるのが主な仕事だ。  今回の仕事場は、小さな劇場であった。  住宅街の隙間の、地下に下りる階段の先、いかにもアングラな空気を醸し出している場所である。仕事相手は、小劇場で活躍している新進気鋭の劇団で、メンバーはまだ若いながらも実力派、活気も勢いも十分の、期待の星だ。  河西は凝り性のようで、場当たり――照明や音、演者の動きなどを、本番と同じ状況で行い、確認することである――にも細かい調整が多く必要であった。沖田も、プロの意地として、要望の全てに答えたつもりである。  しかし、疲れた。  明日の本番を待たずして、既にくたくたである。
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