2)帰りは……

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2)帰りは……

 チャンスはある日、突然に訪れた。  日生子と同じ班のおとなしい少女へ、第2理科室の掃除をする番が回ってきたのだ。彼女は悲鳴をあげて泣き、鍵を持ってきた女教師から逃げ回り、ついにはロッカーに隠れて出てこなくなった。 「なんでそんなに怖がるの?」  問いつめる教師とロッカーの間に割ってはいり、日生子が勝ち気に笑う。 「あたしが行きます! あたしのが理科室になれてるし、実験器具とか洗うの得意です!」  肩をすくめた教師は、結局日生子へ鍵を渡した。2つの鍵は見たこともない形で、逆にワクワクしてしまう。 (トクベツな教室の、トクベツなカギ!)  嬉しくて、日生子はスキップで廊下を行く。呆れ顔の男子たちが、教室の窓に鈴なりで見てきた。  誰もいない廊下のつきあたりに来れば、遠くから呼ばれて振り向いてみる。するとそこに、ロッカー少女が佇んでいた。手にはモップを持ち、えらく無表情で。  首をかしげ、日生子はたずねる。 「いっしょに行く?」  日生子の問いかけに戸惑いを一瞬だけ見せ、少女は頷いた。華やかに笑いながら、日生子は少女と連れだって、噂の第2理科室へと歩く。  第2理科室へ行くには、中二階にある狭くて低い通路を通らなくてはならないようだ。 (大人が通れないから、生徒にやらせるんだ)  ひとりで納得し、日生子はモップをかかえてかがんで忍び足になる。教室ひとつ分は越える距離を歩き、やっと視界が開けた。防火扉で仕切られるであろう向こう側に、廊下がある。  廊下は窓がなく、コンクリートでできた四角いチューブみたいで、日生子はモップを握りしめた。足は震えながら、ひたすら前へ進む。唐突に廊下の右手に扉が現れ、日生子は痙攣したように立ち止まった。  ぽっかりと、扉の前にだけ窓があり、そこだけ普通の特別教室出入口である。いままで薄暗かったと、ようやく気づいた。  おもむろにポケットへ手をいれ、鍵をとりだす。黙ってついてきた少女の気配に押され、日生子は鍵を鍵穴へ突っ込んだ。 (まず、赤いのが上で、青いのが下)  教師に教えられた鍵の印を確かめ、日生子は鍵を回す。素直に鍵が回って、扉はおごそかに開いた。  第2理科室の中はホコリっぽくて、乾いたゾウキンの匂いで満ちている。灯りはつけなくても、窓から射し込む日光で明るい。
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